映画の面白さの半分は、物語の力である。魅力的な小説は次々と映画化される時代だが、反対に、素晴らしい映画を観ると、その原作が読みたくなる。原作と映画の持ち味を比較し楽しむのも一興。

あなたは自分の人生を本当に知っているだろうか?

『終わりの感覚』ジュリアン・バーンズ著 土屋政雄訳 新潮社刊 ¥1,700

 30代後半くらいのとき、友人から記憶についての興味深い話を聞いた。彼女が子どもの頃、いつも自転車で配達に来る郵便配達員の方がいた。けれど、その郵便配達員の方は、ある日、彼女の家を出たすぐあとに、交通事故に遇い、亡くなってしまった。彼女の記憶によれば、彼女の姉が事故を目撃し、とてもショックを受けた、ということだったのだが、大人になったある日、母親から事故を目撃したのは、彼女の姉ではなく彼女自身だったと聞かされ驚いた、というのだ。彼女のほうを振り返って手を振った直後に車と接触したため、自責の念を感じていたのだろうか。彼女はその事実を受け止められず、自分ではなく姉が事故を目撃した、と事実をすり替えて記憶していたのだという。

 ショックな事件が起きたとき、このように「自分自身を守る」という話はほかにも聞いたことがあるけれど、友人の話がいつまでも心に残ったのは、ちょうど「記憶」についていろいろ考え始めた時期だったからでもある。

 若い頃は、自分の記憶にあまり疑いをもたないものだ。つまり、自分の記憶の中にある過去が自分史。けれど、ある年齢に達したあたりから、自分が経験した(と思っている)過去は必ずしも事実ではないということがちょっとずつわかってくる。

 ジュリアン・バーンズ著の『終わりの感覚』は、まさに個人の歴史と時間について掘り下げた興味深い小説だ。語り手である主人公は、まず、こんなふうに言ってのける。「人は時間のなかに生きる。時間によって拘束され、形成される。だが、私自身はその時間を理解できたと感じたためしがない」。

SHARE

  • sp-fb01
  • sp-tw01
  • sp-line01
TOP-2

forrow us この記事をお伝えした
NikkeiLUXEをフォロー
して最新記事をチェック!

  • sp-fb02
  • sp-tw02