女優人生を全うしようと決意した40歳。そして集大成の1本を。

 女優になりたいと思ったことはなく、将来の夢は精神科医。近所に、精神を病んでいた方がいて、治してあげたいと思ったのがきっかけです。だから、私、ものすごいガリ勉でした(笑)。でも、高校生の時、病気で長く入院してしまって、医者になるのはあきらめたんです。目標がなくなりふさぎ込んでいた私を見て、父が知り合いの紹介で、『バス通り裏』の話を勧めてくれてアルバイト気分で始めました。その後、大学と松竹に同時に入り、木下恵介監督の『笛吹川』で映画デビュー。独立プロをつくってからは『心中天網島』など、新境地の映画にも出ました。子どもが生まれてからはずっと、「私は女優をやっていていいのかな」という迷いが拭えなくて。垣根を乗り越えた気がしたのは、『はなれ瞽女おりん』で第1回日本アカデミー賞の主演女優賞をいただいた時。当時36歳でしたが、そこから40歳の誕生日を迎えた時に、「40歳にして惑わず」という感覚がありました。よし、私はこの道で全うしようと。40代の後半には『極道の妻たち』(以後シリーズ化され、岩下さん主演は全8作品)が始まり、50代も駆け抜けていきました。私は20代の頃から、早く年を取りたいなと思っていて、その年齢になったら自分はどんなふうに輝いていられるのだろう? とワクワクして過ごしてきました。70代に入った時もそうです。さすがに、今、80代を迎えるのはワクワクしませんね(笑)。体力も落ちてきましたし。でも、夢はあります。女優人生60年の集大成に、『サンセット大通り』のような映画に出演したい。晩年の女優の栄光に対する執着と衰え、そういうものの入り交じった悲しさ。その中で生まれるラブロマンス。そんな物語を主役映画の最後の1本にできたら本望です。

岩下志麻
東京都出身。1958年、NHKドラマ『バス通り裏』でデビュー。1960年、松竹入社。1967年、映画監督、篠田正浩と結婚。独立プロ「表現社」設立。1972年より、日本メナード化粧品の専属モデルとなりギネス登録。2004年紫綬褒章、2012年旭日章綬章、受章。
[画像のクリックで拡大表示]

女優生活60周年を迎えた岩下志麻さんが、出演した数々の作品について語りおろした『美しく狂おしく 岩下志麻の女優道』(春日太一著、文藝春秋刊)。小津安二郎監督の『秋刀魚の味』や、『古都』『雪国』などの川端康成原作作品、そして篠田正浩監督と生み出した『心中天網島』『はなれ瞽女おりん』、松本清張原作の『鬼畜』『疑惑』などの名作が、岩下さん自身の言葉で蘇る。また『悪霊島』『瀬戸内少年野球団』などの記憶に残る作品や、『草燃える』『独眼竜政宗』『葵 徳川三代』といった大河ドラマの秘話も満載。岩下さんの作品論と人生が語り尽くされた、濃厚な一冊。



Photos:Kazuyoshi Shimomura(UM) Makeup:Tomoko Tominaga(Allure) Hair:Toshihiro Baba(Takemura Office) Styling:Fumio Baba  Text:Naoko Asai Edit:Aya Aso