伝統を踏まえない料理は無意味

 一番大切なのは、タイ料理のメニューや技術、そして歴史について深く学び、尊重することだと思います。それを経ずに、はじめから現代的なアプローチをしてしまうと、料理の魂が失われてしまうと思うのです。文化という背景を持たない食は、無意味だとすら思います。だから私のレストラン「ペースト」では現代的なアレンジは20%にとどめ、80%は伝統的な手法を維持しています。

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「ペースト」の内装で目をひく、渦を巻くようなシルク製のオブジェは、タイ北部のアーティストたちによる作品で、ダイナミズムと純粋さを表現。「店舗デザインにおいてもタイのアイデンティティを反映しつつ、コンテンポラリーで爽やかなデザインを取り入れ、私たちの哲学を共鳴させています」。

 そして素材は、タイの森に育つ野生のハーブや植物を大切にしています。これらの味や風味は本当に多様で、使うたびにいつも発見があるのです。私は風味には特にこだわりを持っていて、作曲するように味わいを構成していきます。単にひとつの味をつくるのではなく、異なるフレーバーを何層も複雑に組み合わせて、ひと口ごとに微妙に変化していくのが好きなのです。料理は健康や栄養という面でも重要ですが、人生にすら影響を与えてしまうひと皿というものが存在すると思っています。

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炭火で焼いた手長エビを、タイ北部の森に育つハーブやグリルトマトとともに。 「この料理はM.L.Dtiw Chonlamartpitjarn(1905-1965)のレシピに触発されました。もともとのレシピも素晴らしいのですが、私たちはタイの地方で育つユニークな植物で彩られた、香り高いサラダに仕上げました」。

 すぐに移り変わるトレンドには、全く興味がありません。自分らしさを守り、でも決して平凡に陥らないようにしていくことこそが、私の挑戦だと思っています。ひとりのシェフや料理本、ひとつの考え方に固執するのではなく、広い目で学び、食が生まれた文化や社会的な背景に自らを投影していく。私はタイ料理の伝統を学び尊重していますが、同時にそれだけに縛られなかったことで、今の成功を得られたのではと思っています。

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自然飼育の地鶏のオーブン焼き、パームシュガーと天然蜂蜜のソースで。「鶏肉を、独特な香りで知られるナン県の天然蜂蜜で調理。伝統的なレシピでよく用いられる、マダンの実とスモークした魚粉を使った複雑な味わいのカレーソースを添えています」 。

Text & Edit:Mizuho Yonekawa Cooperation:Asia’s 50 Best Restaurants