ネオナチによる人種差別的なテロにより、トルコ人の夫と子供を亡くしたドイツ人女性。社会の偏見や法律の理不尽を前に、絶望のなかで下した彼女の決断とは――。昨年度のカンヌ国際映画祭で、ダイアン・クルーガーに主演女優賞をもたらした『女は二度決断する』。2000年代にドイツで起きたネオナチによる連続テロ事件をモチーフに、あるひとりの女性の慟哭と痛切な決断を描いた監督ファティ・アキンは、自身もトルコからの移民の両親を持つドイツ人。作品を通じて彼が考えた「女性の痛み」、そして「グローバリズム」とは。

ダイアン・クルーガーへの“偏見”を覆せたことが何よりも嬉しい

[画像のクリックで拡大表示]

――カンヌ国際映画祭で主演女優賞獲得が決まったときは、号泣してしまったそうですね。これまでの受賞経験を超えた喜びがあったのですか?

 ダイアンが受賞したことがとくに嬉しかったんだ。この映画以前は、ドイツでの彼女のイメージは「イットガール」「モデル上がり」「顔だけ」といったものだった。彼女をキャスティングしたとき、「なんで? 本物の女優じゃないじゃないだろ」と言う人さえいたんだ。その彼女が、カンヌ国際映画祭という大舞台で、審査員長のペドロ・アルモドバルを筆頭に、パク・チャヌクやパオロ・ソレンティーノといった素晴らしい監督たちに支持されたんだから。評論家たちに「ざまあ見ろ!」という気持ちだったね。

――ほかの女優にはない彼女の素晴らしさはどんな部分でしょうか?

 あんなに演技に没入する女優は他にはいない。彼女が本当に集中しているときは、周囲には何も存在していないかのようだった。いつもの現場なら誰よりも集中しているのは僕だけど、今回は彼女と僕の集中力のバトルだった。いい勝負だったと思うね(笑)。

最愛の家族を突然奪われたカティヤの姿を、体当たりで演じたダイアン・クルーガー。
[画像のクリックで拡大表示]

――監督はこれまで、「ひとりの女優とがっぷり組む」という作品を撮ってきませんでしたが、今回経験して何か感じたことはありますか?

 女性と働くほうが、いろんな意味でエキサイティングだったのは確かだね。でもこのキャラクターを脚本で書いているときは、性別について意識することはなかった。つまり「こんなとき、女性ならどうするんだろう」なんてことはね。考えたのはむしろ「自分ならどうするか」。主人公が下すいくつもの決断は、僕自身がするであろう決断だ。思うに、唯一といっていい女性的な要素は月経にまつわる部分だろう。でもそれも女性の象徴的なものとして出したわけじゃない。夫と子供を失って以来、止まってしまった月経が、再びやってくる。彼女の身体が「まだ子供をつくれる、やりなおせる」という選択肢を、彼女自身に示しているんだ。女性特有の要素はそこだけだと思う。