「今だから女性を」という空気は、未来のためにならない

――昨年のカンヌ国際映画祭では、ダイアンさん自身、「ハリウッドの男女格差」について言及されていました(関連記事:ダイアン・クルーガーがカンヌで語った「恐れず自分を主張すること」)。ヨーロッパにおいてはどうでしょうか?

 ヨーロッパ映画界での男女平等は……まあ“そこそこ”だね。やっぱり男性優位の社会だと思う。でもね、例えばこういう話もある。今年のドイツ映画賞で、僕は監督賞にノミネートされてるんだけれど、あとのふたりの候補者は女性なんだ。こういうことを言うと怒られてしまうかもしれないけれど、彼女たちが選ばれたのは「女性だから」なんじゃないかなと思う。ドイツに限らず「今は女性を」という空気があるんだよ。それはなんか違うような気がする。

 女性にも、本当に本当に偉大な映画作家はいる。例えばキャスリン・ビグロー(『ゼロ・ダーク・サーティ』)は最高の監督だ。映画作家としての技量が高く、学ぶものが本当にたくさんある。その評価においては、彼女が女性かどうかなんてまったく関係ない。

 僕があるべき姿だと思うのは、性別なんて無関係に、作品の力、監督の力で評価される時代。まだ到達はできていないけどね。「#MeToo」みたいなことは全然いいと思うけど、「今は女性を」という空気だけだとしたら、将来にはつながっていかない。

 もちろん映画の現場でのセクハラは問題外だ。僕は労働者階級の両親のもとに生まれた、ストリート出身の人間だ。僕はそれほど高度な教育を受けているわけではないけれど、自分がある程度の地位にあるからって、仕事の現場でそれを不当に利用するなんてありえない。倫理に完全に反していると思う。もちろん美しいものは好きだし、ときには色っぽい話だってするけれど、仕事の現場は仕事の現場。そうした点においては、西側諸国の考え方も大して進歩はしていない。まだスタートしたばかりだね。

監督とダイアンの「集中力」バトルが繰り広げられたという、撮影中のワンシーン。
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