坂東玉三郎さん
1964年6月に十四代目・守田勘弥の養子となり、歌舞伎座公演『心中刃は氷の朔日』のおたまほかで五代目坂東玉三郎を襲名。2012年9月に歌舞伎女形として5人目となる重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。
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とことん意識した末に辿り着き、無意識で体現できるのが、本物の美。

──玉三郎さんの一挙手一投足を拝見していると、自分の動きが女性としてどうなのか、あらためて気になりました(笑)。

坂東 私たちの仕事は別ですが、今、普段の生活に、所謂“様式”というものがなくなってしまったと思うんです。昔は着物を着るべきシーンとか、テーブルマナーとか、人前に出るときはこうして……といったように、私生活の中にも“様式”が存在していたんですけれどね。日本文化への関心も高かったバレエの振付家、モーリス・ベジャールさんがおっしゃった、「今の時代がつまらなくなったのは、戴冠式がなくなったから」という言葉がそれを表していると思います。戴冠式には、そこに出席する貴族のスタイル、またそれを観る平民のスタイルがあったわけです。様式と非様式が曖昧になったことが、つまらなくなった原因だと。

──ハレとケ、ですね。日本ではわずかにお正月に残っている程度です。

坂東 昔は、ハレとケが日常に存在していましたよね。決して“特別”ではなく。それと同様に、「綺麗にしたい」という特別な顕在意識ではなく、「自然と身についている」ことこそが美しさに繋がるのではないでしょうか?

凰稀 私もその感覚はとてもよく分かります。宝塚では一人前の男役になるまで10年かかるという意味で、「男役10年」という言葉があります。でもゴールはそこではなく、10年間かけて積み上げたら、次は削ぎ落としていく作業が必要なんです。先輩方をずっと見ていて、身につけてきたものをあえて削ぎ落としてこそ、自然体の男役になれるんじゃないかなと、いつも思っていたので。

坂東 なるほど。私も、お稽古をしているときは所作をずっと意識しています。意識しながらとことん練習して、舞台に立っているときは“無意識”になるのがいいと思うんです。凰稀さんが言うところの“削ぎ落とす”感覚に近いのかもしれません。舞台が終わって後で「今日はよかったな」と思えるのは、何も意識しないでいつの間にか終わっていたようなときなんですよ。案外とね。意識があって美しいというのは、そこに“気取り”があるようで、少しいやらしいかも。その“気取り”を取り除いたときに残っているものが“様式”であり、本当の美しさなんじゃないかと思います。

──玉三郎さんもかなめさんも、数限りないお稽古を重ねていらっしゃるからこそ、辿り着く答えのような気がします。

坂東 そうですね。歌舞伎も宝塚も同様ですが、お稽古だけでなくステージそのものの回数も多いですからね。

──現在、年間どのくらい舞台に上がっていらっしゃいますか?

坂東 いまは150ステージくらいですね。これでも随分減ったほうで、昔は300以上でした。年間10カ月は舞台でしたから。凰稀さんはどうでしたか?