人生において何かを選ぶことは、何かを諦めることでもある

──監督がその年齢のときに、世間とは全然違う考え方ができたのはなぜですか?

 劇団の役者で、働く環境がまったく違っていたからかもしれません。劇団員は別に毎日着飾る必要もないし、バレンタインに花束をもらえるかどうかを不安に思う必要もありませんから。でもクリスティのように、普通に働いている人は違いますよね。会話からして全然違います。香港のOLはいつも、「~~でマンションが売り出されるんだって」「1平米でこのくらいの値段らしい」「最近株の調子はどうなの?」なんてやっていますから。

クリスティを演じるのは、香港で絶大な人気を誇るモデル兼女優のクリッシー・チャウ。
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──物語の主人公は、見た目もライフスタイルもまったく異なる29歳の二人の女性です。舞台版では、キーレンさんが一人二役を演じ、映画版では二人の女優がそれぞれ演じています。この違いにはどんな意味がありますか?

 舞台では観客の目の前で一人二役を演じるわけですから、一人の人間が持つ二面性として理解していただけると思います。映画版でも当初は一人二役を考えていたのですが、舞台と映画はだいぶスタイルが異なりますから、対照的な女性を一人二役でやること、やれる女優さんを見つけることはちょっと難しいかなと。それで映画では二役にしたのですが、これはいいことがたくさんありました。

 まずは、私ではない女優さんが一人二役やることをすごく嫌がっていた舞台版のファンにも受け入れやすいこと。さらに脚本を書くうえでもそれぞれのキャラクターをきちんと描き分けることができて、まったく別の作品のような新鮮味――二人の女性の出会いや、運命のような観点が加えられたんじゃないかなと思います。

歌手としても活躍するジョイス・チェンが、朗らかで魅力的なティンロ役を好演。
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──クリスティが勤める会社の女社長が、彼女を導く存在のように感じました。あのキャラクターの言葉は、監督ご自身の人生について思うところでしょうか?

 この舞台劇を書いたのは私が30歳のときで、視点も視野もまだまだ狭かったなあと思います。映画にする時点では私の人間に対する考察がより広がり、それによって生まれたのがあの女性社長のキャラクターです。彼女の語ること――「人生は選択であり、何かを選べば何かを諦めなければいけないこともある」――は、私自身40歳くらいになって初めてわかったこと、30歳の私には書けなかったセリフだと思います。

 映画版では、そのほかにもさまざまな人物、さまざまな角度、さまざまな意見を描くことができ、作品の幅が広がったと思います。例えばタクシー運転手やレコード屋の店長などの小さな登場人物でも、その言葉には大きな意味があります。人生に関する価値観は誰もが異なるということだと思います。