2013年に京都で産声をあげ、今年、5回目を迎えた「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」。2017年の来場者は12万9千人以上、5年間の累計来場者は37万9千人を突破、回を重ねるごとに存在感を増す背景にあるのは、仕掛け人の一人であるフランス人の女性写真家、ルシール・レイボーズさんによる果敢な挑戦。異国の地で大仕事に挑むエネルギーはどこからやってくるのか。その理由をひもときたい。

困難を極めた立ち上げに役立ったのは、幼少期のアフリカで培ったタフネス

 伝統工芸、神社仏閣巡り、食……。ともすると定番的な楽しみに終始しがちな京都で、新たな視点を与えてくれる芸術祭がある。
 2017年は4月15日から5月14日まで約1カ月にわたり開催された「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」(以下KYOTOGRAPHIE)。共同創設者および共同ディレクターの仲西裕介さんとともに、その立ち上げを牽引したのはフランス人の女性写真家、ルシール・レイボーズさん。今年は新たに長野県大町市を舞台に「北アルプス国際芸術祭」(7月30日まで開催中)がスタートするなど、年々、芸術祭は数を増しているが、写真に特化し、しかも海外出身の女性が手がけるケースは他に類をみない。

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左からルシール・レイボーズさんと、ともにKYOTOGRAPHIEを設立した共同ディレクターの仲西祐介さん。KYOTOGRAPHIE2017の会場となった両足院(建仁寺内)にて。

 ルシールさんの初来日は1999年。パリを拠点に写真家として活動するなか、共に仕事をしていたマリ共和国出身のミュージシャン、サリフ・ケイタ氏が坂本龍一氏のオペラに参加することになり、ドキュメンタリー・フォトグラファーとして同行したのだ。「そのときに日本の歴史と信仰心に深く感銘を受けたと同時に、アフリカのア二ミズム(自然崇拝)と、日本の神道に共通点を感じました」とルシールさん。医師だった父の仕事で、3歳の頃にフランスのリヨンから西アフリカのマリの首都バマコに移住。さらにマリの南方のトーゴ共和国での生活も経験するなど、幼少期のアフリカで育んだ精神が、KYOTOGRAPHIEの開催地を京都に定める際の後押しにもなったという。「私にとって京都は宝箱のような街。でも、いろいろな意味で“古都”であって、その旧態依然とした部分が、どこかアフリカに似ていると思いました。あの地で生き抜いた経験があったからこそ、当初はKYOTOGRAPHIEの意図を理解してもらえずもどかしい思いをしましたが、資金もなく、地元とのコネクションもない状況でもここまでやってこられたと思っています」

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まだ4歳のあどけないルシールさんがマリ共和国・バマコで生活していた頃の写真。©Lucille Reyboz - Batammaba, bâtisseurs d'univers - Togo 2004