前編では「ワインを飲みながら、人生について考えたいときに読みたい本」について語ってくださった井上荒野さん。後編では、6月に発売された近刊で、昭和歌謡の歌詞にインスパイアされたユニークな短篇集『あなたならどうする』について話をうかがった。

限定的な愛ではなく、曖昧さも含めて愛を描いた『あなたならどうする』

最新刊『あなたならどうする』(文藝春秋)。昭和の流行歌の歌詞にインスパイアされる形で生まれた九つの短篇を収めた作品集。「この装丁、かわいいでしょ? 不思議な味わいがあってすごく気に入っているんです。歌謡曲を知らない世代にもぜひ手に取ってもらえたら」(井上)。
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「登場人物を裁かない、正解を押しつけない小説が好き」という井上荒野さん。自身の新刊『あなたならどうする』(文藝春秋)も、読者それぞれの胸に味わい深い問いかけを残すような短篇集だ。それは彼女にとっての「贅沢」や「幸福」の定義とも密接に関わっている。

――『あなたならどうする』は、表題作をはじめ、誰もが一度は耳にしたことがある昭和歌謡をモチーフにした、ちょっとユニークな試みの短篇集ですよね。

井上 編集の方から「井上さんの書くものは昭和歌謡と親和性が高い気がする」と言われたのがきっかけだったんですが、やっぱり昭和の人間なもので、もう耳が覚えているんですよね。当時は「流行歌」なんて呼ばれていましたけど。子供の頃、たとえば「小指の想い出」を訳もわからず歌っていると、よく父に「そんなもの歌うな」って怒られました。大人にとっては容易に色事を想像できる歌詞だけど、あの頃は「なんで噛んだんだろう?」って無邪気に思っていましたからね(笑)。そんなふうに、後から意味がわかるっていう点も面白いなって。

――では、わりとスムーズに執筆できた?

井上 そのはずだったんですが……読みが甘かった。歌詞をコピーしたものをどさっと送ってもらったんですが、目を通して愕然。「これってけっきょく、みんな男にだまされる歌じゃん」って(笑)。歌謡曲の世界って、話の筋自体はわりとバリエーションが少ないんですよね。だからあくまでインスパイアというか、ムードだけを借りて、あとは自分でつくるしかないなと。最終的には、歌詞からパッと思いついた風景だけを頼って書いた感じです。

――実際、舞台そのものはいずれも「今」ですよね。そこに細かく状況が設定されていく。たとえば「小指の想い出」なら、大学を卒業してからうまく社会で働くことができない女の子が主人公で、たまたまペットショップでバイトしているときにグイグイ来る男に出会ったことで生まれて初めての恋が始まるという。

井上 ふつうの男の人ならちょっと引いちゃうくらい初心な感じね。あの曲を歌っていた伊東ゆかりさんのイメージもあるんだけど、そういう幼気な女の子と、「小指の想い出」の歌詞のギャップが醸し出すいやらしさからスタートさせた小説です。小説って、出発地点さえバシッと決まれば、主人公がうんと若い子だろうと、逆におばあさんだろうと書けるんですよ。