NikkeiLUXEが注目するアーティストのアトリエを訪問し、その作品が放つメッセージやアートの核心を伝える本企画。小林正人さんが拠点とする、広島県福山市にある鞆の浦(とものうら)のアトリエを訪ねた初回に続き、この<中編>では「小林さんがアーティストになるまで」をたどる。

「画家」小林正人の誕生

手には絵筆ではなく油絵の具のチューブが小林のスタイル。

 小林正人が油絵の具と出合ったのは高校時代、一人の女性の部屋だった。当時、流行り病(やまい)にかかったように荒れていた小林。そんな青年を女性は自宅に招いて絵を描かせようとした。かつて、小林が美術の授業で描いたプールの絵に目が留まり、絵を描かせることで立ち直らせることができるかもしれないと彼女は考えたのだという。油絵セットを前にした小林は、反抗するような挑むような心持ちで「ヌードモデルになってくれるなら描く」と言った。

 「いちばん最初にヌードを描いたときに、すごく綺麗な女の人が横たわっていて。いざ描こうと思ったとき、チューブの油絵の具を見るのも初めてで、フタを取って絵の具を出しては双方を眺めるけれど、絵の具と目の前の光景が全然つながらないわけ。それで、描けないって……」

 そのことがきっかけで、小林は東京藝大の油画専攻へ進むことになる。「大学では、絵が描ければそれでよかった。その頃から絶対に絵で食っていくって決めていて、課題は教授に見せたこともなかった。それでも卒業制作を見た画廊主から声がかかって初個展をして、そこにいま所属しているギャラリー、シュウゴアーツの佐谷周吾が来て、一緒にやらないかと声をかけてくれて。卒業後は、国立にアトリエを借りて、食うに困るほどカネは全然なかったけど、生活も含めてすべてが絵だった。だから、ギャラリーからの前渡し金ばかりが増えていったね(笑)」

小林正人、天使=絵画(Masato KOBAYASHI、Angel=Painting)1984、木炭、チョーク、水性ペンキ、キャンバス(charcoal, chalk, paint, canvas)、130x162cm

 卒業制作《天使=絵画》(1984-85)は、「目に見えないものを、絵として目に見えるものとして存在させる」、そうした光を描く「画家」小林正人の誕生の瞬間だった。

 「国立のアトリエで空を描いていた頃に、キャンバスを張りながら、布で拭いたりしながら、手で直に描いていく制作を始めました。キャンバスを張ってからでは遅すぎる、張れたときには絵も描かれていなければならなかったんです」