ますます混迷する現代社会において、アートは私たちに何を問いかけるのだろうか。アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る新連載「アートと○○」。第1回は写真家の長島有里枝、イギリスの現代美術家のデイヴィッド・シュリグリーの個展から見て取れる「アートとブラックユーモア」の関係にフォーカス。

長島有里枝が綴る、濃密かつ内省的なレトロスペクティブ

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長島有里枝《Tank Girl》 1994年 作家蔵

 ガールズフォトの旗手として90年代のアートシーンに躍り出た長島有里枝のミッドキャリア・レトロスペクティブとなる写真展が開催されている。もはや彼女も高校生の息子を育て上げ、成熟した作家だ。「家族」と「女性の生き方」をめぐるテーマに貫かれた各シリーズが、それぞれが撮られた時代を異なる色で彩っていた。

 父、母、弟と彼女がありえない自然さでハダカでふざけあう家族写真で注目されたデビュー作。ステレオタイプなグラビアヌードのポーズをとる自撮りシリーズ。パンク時代の友だちとのストリートフォトや、アクション俳優の元夫との暮らしを慈愛に満ちた視線でとらえた《not six》(ろくでなしの意)、自身を取り巻くすべてに中指を立てる妊娠中のセルフポートレート。近年では、実母や恋人の母とともに家族の衣類や日用品を縫い合わせた生活感あふれるテントとスナップ風の写真が呼応する作品。

 

 いずれも彼女が鋭敏に気づき、見過ごすことのできなかった人間関係の微妙な距離感や違和感が炙り出され、そこには必ずちょっとダークなやけくそ気味のユーモアがある。反発や挑発、不満や焦燥、自嘲や諦観、そのときどきの感情すべてがありのままに焼きつけられながらも、写真家の目はその記憶をほろ苦いユーモアというブランケットでくるんで手放さない。まさに内省的な「振り返り(レトロスペクティブ)」が濃密に綴られた展示である。