生粋の読書家でもある作家たちがNikkeiLUXEの読者のさまざまな気分に寄り添う本を提案する連載。今回、藤野可織さんが選んでくれたのは、書評集にアンソロジー、短篇集と実にバラエティ豊かなラインナップ。そこから意外な共通点が、ゆっくりと浮かびがる。

小説以外なら、片付け術や断捨離の本が好きだという。その理由がまたユニーク。「人生って本当はままならないものですよね。でも断捨離本からは、それを認めたくないっていう頑なな力を感じるというか。人生をコントロールしたいっていう意志と欲望を感じるんです」(藤野)
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新しい年に読みたい3冊

――一冊目は『今を生きる人のための世界文学案内』。信頼のおける「本読み」として知られる若手翻訳家・都甲幸治さんによる書評集ですね。なぜこれを選ばれたのでしょう?

藤野 都甲さんの、本の紹介の仕方がほんとうに上手で……ご本人に言ったら叱られてしまうかもしれませんが、これを読むだけでもう、たくさんの本を読んだような気にさせてもらえる(笑)。なにより、これだけたくさんの「世界」がまだまだあるんだっていうことを知ることができる。それは、生きていく上でとても大切なことだと思うんです。

――「まえがき」にも「(力のある作品とは)ほんの少しでも自由の空間を開いてくれるもの」という言葉が出てきますね。私たちが普段、社会生活の中で感じている閉塞感を見事に言い当てられた気がしてハッとしました。

藤野 そんなふうに、自分を少しでも楽にしてくれる本がこの世の中にあるんだって確認できるだけで、心の拠り処になりますよね。「私はいつかあの本を読むから大丈夫」って思えるというか。お守りみたいな感覚なんだと思います。

都甲幸治『今を生きる人のための世界文学案内』(立東舎)。ドン・デリーロやポール・オースターなどの翻訳小説から坂口恭平まで。「海外文学」ならぬ「世界文学」をキーワードに、国境や言語にこだわらず、閉塞感の漂う社会で「息がしやすくなるような作品」にスポットを当てた書評集。
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――2冊目は、こちらも翻訳家・岸本佐知子さんが編訳したアンソロジー『楽しい夜』。鋭敏な言語感覚とユニークな視点でエッセイストとしても大活躍する岸本さんは、特に女性のファンが多いイメージです。

藤野 岸本さんの訳している作品はどれも大好きで、どれも超おすすめなんですが、とりわけこの作品集の表題作は、ある程度の年齢になっていろんなことを経験してきた女性にとって、めちゃくちゃ身につまされる要素がたくさん詰まっています。これ、最初は女友達が3人集まってなんでもない話をしているだけなんですが、最後の最後にみんなと別れて主人公がひとりきりになったところで、いきなり衝撃的な事実が明かされる。あまりに残酷で孤独なそのラストに最初はひたすらショックを受けたのですが……でも、人はみんな他人とは共有できない自分だけの世界を生きてるんですよね。実は残りの2人だって、主人公ほどの事情でなくとも、それぞれ帰りのタクシーの中で泣いているかもしれない。私自身、どんなに仲のいい友達と話していても、境遇や環境の違いを感じ取ってしまうことで後から孤独な気持ちになることがあります。短い中に、そういう受け入れがたいけれど動かしがたい真実が書かれたすばらしい小説だと思います。

――自分がそれまで信じていた世界の見え方が変わるという点では、子供たちが急に姿を消したことで現実がズレていく「家族」という短篇も衝撃的ですよね。

藤野 家族って、一般的には「愛おしい存在」といったイメージがあらかじめ貼り付けられてしまっているものだと思うんですが、この作中では徹底的に「異物」として描かれている点がいい。盲目的に信じられている「まっとうな愛情」をはねつけるような強さに惹かれます。

『楽しい夜』(岸本佐知子=編訳、講談社)。奇妙で、残念で、可笑しくも孤独な人びとに訪れる、かけがえのない一瞬……先鋭的な現代作家たちの不思議な世界観を、原文の雰囲気を損なうことなく鮮やかに再現してみせる名手が、「ものすごく面白いもの」を唯一の共通項に選んで訳したアンソロジー。
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――最後はデニス・ジョンソンの短篇集『ジーザス・サン』。誰が生きていて誰が死んでいるのかわからないほど凄惨な交通事故の様子、ブレーキの利かない車で死にかけた男を医者まで送り届ける無謀なドライブなど、どの作品もきわきわというか……。

藤野 基本的にろくでなしばっかりというか、ダメになった人たちしかいないから相乗効果でひどいことしか起きない(笑)。でも私、その情景がひどければひどいほど惹かれるんですよ。例えば「ヒッチハイク中の事故」というお話の中に、事故でぐしゃぐしゃになった車と、開いたドアから路上に垂れている人の姿が雨に濡れたヘッドライトに照らされている場面が出てくる。本当に恐ろしい光景だけど……撮りようによってはすごく美しい写真になるし、実際、この作者は見事にそれができている。それは、ひどいことを肯定しているという意味ではけっしてなくて、あくまで物質としての美しさを捉えているから。そうやって、倫理の問題からいったん離れ、物事を等距離に眺める視点を得ることで余裕をもらえるのかもしれません。

デニス・ジョンソン『ジーザス・サン』(柴田元幸=訳、白水社)。暴力とドラッグに染まった現代アメリカ社会の裏面を精力的に描きつづけた作家の傑作短篇集。「ひとつひとつの語りの中に、記憶のとりとめのなさがきちんと表れている点も素晴らしい。人が何かを思い出すときのプロセスがリアルに感じ取れるように書いてあるんです」(藤野)。
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規範や常識の軛(くびき)から人びとを解き放ち、それぞれの人生の輪郭を肯定する――藤野さんが選んだ3冊に共通する感覚は、自身の新作『ドレス』にも通ずる。後編のインタビューをお楽しみに。

藤野可織
1980年京都生まれ。同志社大学大学院美学および芸術学専攻博士課程前期修了。2006年「いやしい鳥」で文學界新人賞を受賞しデビュー。13年、「爪と目」で芥川賞受賞。著作に『いやしい鳥』、『パトロネ』、『爪と目』、『おはなしして子ちゃん』、『ファイナルガール』がある。近刊は、社会通念を鮮やかにひっくり返してみせる短篇集『ドレス』(河出書房新社)。
インタビュー・文:倉本さおり
ライター、書評家。『週刊金曜日』書評委員、『小説トリッパー』クロスレビュー担当のほか、『週刊新潮』にて「ベストセラー街道をゆく!」、『FRaU』にて「ホンとの消費学入門」連載中。共著に『世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今』(立東舎)。

Photos:Ryo Kusumoto Interview&Text:Saori Kuramoto Edit:Yuka Okada

続編

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