屋台からホテルのガストロノミーまで、幅広い経験が導いたスタイル

 鮭も鱒もほぼメニューには登場しないが、店名は「サーモン & トラウト」。これはイギリスで“痛風”を意味するスラング。痛風になりそうなほどおいしいのに、痛風にならないように選りすぐりの野菜など身体思いの料理を提供するという、森枝幹シェフの思いが込められている。

 料理人としてのスタートは、世界的に名を馳せるシドニーのモダンオーストラリア料理の「Tetsuya's」から始まる。そこで料理の基礎を覚え、帰国後は表参道の京料理「湖月」を経て、当時最先端の分子ガストロノミーを使った、マンダリン オリエンタル 東京「タパス モラキュラーバ—」へ。2012年に独立を果たした後は、南青山のコミュニティ型屋台村「246 COMMON」(現・COMMUNE 246)にて3店舗を経営。コースで数万円もする高級レストランからひと皿数百円のメニューを販売する屋台まで、多彩な経験を重ねていった。最近では新宿ゴールデン街のレモンサワー専門店「オープンブック」の監修や、雑誌『RiCE』のエディトリアルアドバイザーとしても活躍。若くして大きな振り幅を経験しながらもぶれない軸が、美食家と言われる人々を魅了している。

 そんな森枝シェフがオーナー兼カヴィストの柿崎至恩氏との出会いによって「サーモン & トラウト」をオープンして3年。レストランは柿崎氏の営む自転車屋「SO Bicycle Maintenance & Restoration」のショールームも兼ねており、店内に飾られた自転車を購入できるというユニークさも話題の一端を担っている。

風土に重きを置いた食材と酒を軸に、オリジナルなアレンジで展開

 トスターダ、セビーチェ、モレ、アボカド……。ある日のメニューにラテンのテイストが随所にちりばめられていた理由は、シェフが先日までメキシコを旅していたから。そんな海外土産も「サーモン & トラウト」の醍醐味のひとつ。旅先で仕入れた食材や新たに得たインスピレーションが、料理に反映されているのだ。 料理のジャンルを謳わないのは、かけがえのない食材を最大限に尊重したいがため。都内ではなかなかお目にかかれないような食材が調理されることも少なくなく、生産者との繋がりも実に密。例えば山梨県で知る人ぞ知る猟師・望月秀樹氏も数年来の付き合いの深いひとりで、その鹿や猪に惚れ込んだ森枝シェフは、度々現地を訪れては、茸狩りや山菜採りなども共に行っている。

 一方で、柿崎氏によるアルコールのペアリングも「サーモン & トラウト」を形成する大きな要素だ。提供するワイン、日本酒、ビール、蒸留酒は、料理と同じく多彩で、独自のルールに基づいている。日本酒なら精米歩合65%まで、つまり磨き過ぎていないもののみをセレクト。米本来の味わいは米粒の外殻にあるから、低精白でもきれいな味わいの日本酒には、風土の特性が感じられるというわけだ。例えば「酒宴楽園 パラダイ酒」は自然栽培米の精米歩合90%。甘酸っぱく、白ワインのような趣がある。レトロな瓶の「瀬戸の灘」は、現在では廃業してしまった蔵元が昭和50年に蒸留した黒糖焼酎。ワインは「ちゃんとした味の」ナチュールを厳選。どれも「風土を表現する酒」という点において強いこだわりを持つ。

 この考えは、森枝シェフの料理に重なる。だから、相性がいいのだ。空間、料理、酒など、自由でアンバランスのように見え、実はすべて辻褄が合っている。

Salmon & Trout/サーモン & トラウト
東京都世田谷区代沢4-42-7
TEL:080-4816-1831
営:18:00~24:00(L.O.)
休:日曜日、月曜日

Photos:Kazuhiro Fukumoto(MAETTICO) Text:Yui Togawa Edit:Yuka Okada

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