世界遺産に指定された古都に潜む、市民の力と豊かさ

 ベルギーの首都ブリュッセルから1時間。北海からわずか15kmのところで、時折吹く西からの風には、潮の香りを感じることもある。とりわけ心を奪われるのは、しっとりと落ちついた赤煉瓦の街並みを潤すように縫う、静謐な運河の姿だ。「天井のない美術館」あるいは「北のヴェネチア」とも称される旧市街での逍遥は、思わず中世へと誘われる。

 ブルージュの命運は、この運河とともにあった。12世紀に北海から大津波がこの町を襲ったときに残された傷痕。つまり、その痕に北海に通じる水路をめぐらせたのが、海路交易の便をもたらすという僥倖を呼び、欧州有数の商業都市として発展をする。こうして形成されたブルージュの豊かさは、15世紀に完成したマルクト広場にそびえる鐘楼に象徴される。この時代に、市民たちが教会や王の権力から独立し、自分たちの手で鐘楼を造り上げた。鐘楼のカリヨンは今でも47の美しい音色をもって時を刻むが、当時の圧倒的な市民の力を感じざるを得ない。

エコロジーを分かち合うフードフェスティバル「Kookeet」

 ところで、ブルージュでは「Kookeet」というフードフェスティバルが毎秋開催されている。ミシュラン3つ星「デ・カルメリート」のオーナーシェフとしてその名を馳せてきたヒエルト・ファン=へッケ氏61歳が指揮をとり、ブルージュ在住の30人以上のベテランから若手までの料理人が集まって、各々の料理をパブリックに体験してもらうというものだ。このフェスティバルには、オリジナルな規則がある。例えば、以下だ。1. 料理人は、できるだけローカルの食材で季節のものを使用しなくてはならない。2. カトラリーや皿は100%生物分解性のものを使うこと。3. 飲み物には紙コップではなくグラスを使用。4.開催場所には公共交通機関を使ってアクセスしやすい場所を選ぶ。5.自転車の駐輪施設を用意。と、すべてがエコロジーに基づいている。

 ブルージュの料理人たちと話すと、皆がブルージュの歴史と文化と自然を愛し、生産者たちとも手を取り合い、未来の食を豊かにするためのアクションを使命としていることが伝わってくる。現在、世界的にさまざまなフードフェスティバルが開催されているが、経済効果を優先させたり、各料理人の名誉が先走ったりすることが多いのに対して、ブルージュのフェスティバルのあり方は違う。自分たちの力で時代を切り開くことを可能にしてきた、ブルージュに住む人々の圧倒的な底力がそうさせるのか。ブルージュの料理人たちのフィロソフィに、ガストロノミーの未来図を重ねたくなる。

伊藤 文
食執筆家・翻訳家。著書に「フランスお菓子おみやげ旅行」、「パリを自転車で走ろう」、翻訳書にグリモ・ド・ラ・レニエール著「招客必携」、ジョエル・ロブション著「ロブション自伝」、フランソワ・シモン著「パリのお馬鹿な大喰らい」など。近著に「パリ、カウンターでごはん(2016年7月刊)。 日仏バイリンガルによる食のウェブマガジン&イベントプロデュース“DOMA”主宰運営(http://domapress.com)。2017年8月からはMAG2にて”美食大国フランスから 週刊食関連ニュース”を週刊配信。

Photos:Taisuke Yoshida Text:Aya Ito Edit:Yuka Okada