木村単身赴任で来日していた、年の離れたアメリカ人のクリエイティブディレクターのアシスタントにつくことになり、毎日ランチタイムにマンツーマンレッスンをしてもらいました。しどろもどろ、恥をかきかき通訳を始めて、やっと話せるように。

現場で鍛えられたわけですね。

木村英米文学科だったので読み書きはできたから、話せるようになると自信がつき、1年くらいで何とか通訳できるレベルまで。素晴らしいOJTでした。

お給料をもらいつつ勉強できるなんて最高。

木村ですよね。その後アカウントエクゼクティブになり、営業のノウハウも学び。約5年勤めた頃、知人からイヴ・サンローラン・パルファムを紹介され、化粧品なら私の興味とも一致する、と。

確かに車より身近です。サンローランでは、どんなお仕事を?

木村最初はスキンケア担当で、最後はマーケティング全体を。

8年間在籍された後、転職。

木村バービーを販売するアメリカの玩具メーカー、マテルに。コレクタードールやライセンスを担当しました。

これまたユニークな方向転換。

木村新鮮で楽しかったのですが、1年後にブルーベルからお声がかかり、やっぱり美容に戻ろう、と。香水のマーケティングです。でもブルーベルは輸入代理店。楽しかったんですが、私は年月かけてブランドを育てるのが好きなのかも、と気づきました。

そして98年にゲランへ。

木村歴史ある会社でフレグランスもスキンケアも強い。ユニークなメイクもある。トータルで取り組めて面白そうだ、と。

最初のご担当は?

木村マーケティングのマネージャーです。マーケティングのコアになるCRM(顧客管理)データを分析し、プロモーションを仕掛けたり。ちょうど、スキンケアラインのイシマがフルリニューアルするタイミングでした。

イシマ、懐かしい!

木村日本発のスペシャルなフレグランス、チェリーブロッサムの発売も思い出深いですね。日本ならではのプロダクトを提案したい、と声をあげて生まれた香水。それができるのもゲランの強みです。

クラシックで重厚なゲランのイメージを変えた香り。大ヒットになりましたね。その6年後にシュウ ウエムラに転職されたのは、ある程度やり尽くしたから?