ダメと言われるほどどうしてもやりたくなる。

大学を卒業してからは?

コラス外交官になりたかったので、在日フランス大使館に2年勤務しました。でも、なんだか面白くない。そこで、パリに戻って民間企業に転職を。

日本のオーディオメーカーの代理店ですね。

コラス面白い仕事ではあったのですが、ある日、同僚が「コラスくん、日本語できるし、日本で働きたいんでしょ? どっかのファッション関係の会社が日本の駐在員を募集していたよ」と教えてくれまして。当時の僕はファッションに興味がなく、ブランドなんて知らなかったけれど、ニナ リッチやサンローラン、思いつくところに片っ端から電話をしました。最後にジバンシィにかけたところ、うちは探していない、でも、もしかして香水部門なら……とつないでくれましてね。駆けつけて話をし、その場で採用決定。僕は本当に運がいい。

それが何歳のときですか?

コラス25歳です。もう結婚して子どもが一人いました。

最初は香水だったんですね。

コラスその後、ジバンシィさん本人にも気に入られ、ファッションも。81年から4年間、日本の代表取締役を務め、83年には30周年イベントを開催。交渉の末、NHKホール初のファッションショーを開いたんです。

なんという交渉力!

コラス僕はダメと言われると、やりたくなる性格(笑)。当時はファッションに対する偏見もあって、かなり難航しましたが、朝日新聞の副社長だった伊藤牧夫さんやファッション・ジャーナリストの堀江瑠璃子さんのサポートもあって。ゲストにオードリー・ヘップバーンも迎えた、それは豪華なショーでした。

創業者ココ・シャネルのスピリットを現在に残す。

その1年後に、ヘッドハンティングをされてシャネルへ。そして社長を23年間。銀座にビルを建てたり、中にネクサスホールをつくったり。経営者としての手腕はもちろんですが、小説もお書きになるし、旭日重光章も受章し、もはや文化人という印象です。

コラス日本の社会にも参加し、築地市場の再開発にも意見を述べて……話題になりました(笑)。

今後は、日本の会長職と兼務しながら、トラベルリテール事業の責任者として、スイスのジュネーブに赴任。それはどんなお仕事ですか? 

コラス今までバラバラだった世界の免税店の統一を図り、より魅力的な売り場づくりを。今や空港は、単なる飛行機に乗る場所ではなく、巨大なショッピングセンターですから。

いろいろな意味で大変そうですが、そこは持ち前の改革力で。

コラス僕も現場の人だったので何が必要かはわかっているつもり。外から来た人よりは、納得してもらえると信じています。妻も前向きな人なので、スイス暮らしを楽しみにしてくれて。

とはいえ、日本にもわりと戻られるのですよね? 新たに会長としてトライしたいことは?

コラス私は40年以上日本で暮らし、ときに企業の社長という枠を超えた活動を行ってきました。その中でできたコネクションやネットワークと、シャネルの関係が途切れないようにするのが私の役割だと思っています。経営には直接影響しないのかもしれないけれど、シャネルは日本の社会におけるグッドパートナーでありたいのです。2018年12月から新しく社長になったグティエレスも日本に長いですし、彼には彼のやりたいことがあるわけだから、そこはもちろん尊重していきたいと思っています。

シャネルが他のラグジュアリーブランドと少々違うなと思うのが、文化を感じる点です。

コラス銀座ビルの4階に、アーティストや音楽家の活動を支援するネクサスホールをつくったのが15年前。その当時は批判の声も聞こえて、正直、僕はちょっと孤独だったけど、その根底にあったのは、社会に影響を与えた創業者ココ・シャネルのピグマリオン精神(才能を信じ、支援して、開花させる)を生かしたい、という思いでした。

コラスさんのアートに対するリスペクトは、シャネルらしさでも。一貫した美意識を感じます。

コラス消費者はシャネルの商品だけじゃなく、その裏にある物語、ロマン、夢も見たいんです。

わかります。とくにシャネルというブランドの場合は、商品を通して、物語、哲学も感じたい。

コラスだから、たとえ売れるとわかっていても、我々の文化にないことはしません。すべての商品が、倫理に反しない正しいことであるという信念、創業者の世界観に繋がっているのです。

ああ、それもヒシヒシ感じます。いつの時代も一本筋が通り、世界観がぶれていませんよね。

コラスそして企業の社会的責任、CSRももちろん大切。

今では企業に当たり前に求められますが、15年前は早かった。

コラスものすごく先を読んでいた、といわれます。クリスタルボールはなかったけど(笑)。創業者のピグマリオンを表現したいし、お客様にも恩返ししたい。

そういう付加価値に日本人は敏感ですからね。

コラスその洗練された感性や雰囲気を理解する心こそ、日本の文化であり文明。世界で唯一、文明がきちんと残っているのが日本の素晴らしさです。残念なことに今、それが失われつつあることを皆さんも感じ始めているとは思いますが……。

今回、経営から離れることでより自由に、活動できるのでは?

コラスこれ以上自由になったらどうしよう(笑)。

クリエイターにもお客様にもリスペクトを忘れない会社。

個人的には、やっぱり執筆?

コラス来春には日本語版の小説が出ます。小説は書いているうちに登場人物が勝手に動き、物語が変わるのが面白いんですよ。

そんなにお忙しいのに、いつ書いていらっしゃるのか、本当に不思議。

コラスアイデア、リサーチはいつでも。じっくり書くのは休日。あ、小説のほかに、フランスで日本についての“辞書”も出版予定です。こちらを完成させて、あとは、実はほとんど初めてのヨーロッパ生活を味わいたい。

最後に、コラスさんにとってシャネルとは何ですか?

コラス優れたビジネスマンでもない僕に、夢にも思わなかったチャンスを与えてくれた。この会社のおかげで人生が変わりました。ブランドとしては、とにかくオーナーの考え方が素晴らしく、クリエイターに、お客様に、商品に、徹底したリスペクトを持っている。上場していないからこそ、オーナーのぶれない考えが貫かれていて、とても人間的な会社です。そして、創業者のココはパワフルでわがままで魅力的で、僕が理想とする女性。誇りを持って、これ以上のブランドはないと断言できます。

シャネルがどうしていつも私たちを魅了するのか、その理由が今日、よくわかりました。

[画像のクリックで拡大表示]
チャンスを見極め、逃さない。これぞシャネルのスピリット。
2003年発表の「チャンス」は、思い入れのある製品。「ジャン=ポール・グードの広告クリエイションと、チャンス(運)というネーミングが見事にマッチ。さらに偶然スペルも似ている。ココ・シャネルの精神とパワーを感じます」。情熱的で前向きな女性をイメージした、フレッシュなフローラル。チャンス〈左から〉オードゥ トワレット(ヴァポリザター)100ml ¥14,000、香水7.5ml ¥15,000/ともにシャネル
Richard Collasse
Richard Collasse 1953年7月8日フランス生まれ。パリ大学東洋語学部卒業。1979年ジバンシィに入社し日本法人会社設立に参加。1985年シャネル株式会社に香水・化粧品本部本部長として入社。1995年代表取締役社長に就任。その大役を23年勤め上げた後、2018年12月より会長。2006年レジオン・ドヌール勲章、2008年日本政府より旭日重光章受章。
小説家の顔も持ち、著書に『遙かなる航跡』『SAYA』など。

Photos: Kiyohide Hori Text: Eri Kataoka Edit: Aya Aso

(『etRouge』2018年11月号より)

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