1927年のブランド創業以来、世界中の女性たちを魅了してきた、イタリアのサルヴァトーレ フェラガモ。オードリー・ヘプバーンやマリリン・モンローといった大女優たちをも虜(とりこ)にしてきたブランドの歴史を辿るとともに、いまもなお広く愛される魅力の秘密を大解剖。4月に開催予定のDAZZLEスペシャルイベントへのお申し込みも、お見逃しなく!

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1955年、フィレンツェのアトリエにて、顧客だったイタリアを代表する大女優、ソフィア・ローレン(右)を自ら接客するサルヴァトーレ・フェラガモ(左)。

創業者は、数々のレジェンドを生んだ天才靴職人

 1898年、南イタリアの小さな村、ボニートに生まれたサルヴァトーレ・フェラガモ。11歳でナポリの靴職人の見習い奉公に出て修業を積み、なんと13歳になる頃には、ボニートに靴店を構えていたというから驚きだ。確かな腕とずば抜けた創造力、そして持ち前のバイタリティを武器に、1914年にはアメリカへ渡り、全盛だったハリウッド映画用の靴を手がけるチャンスをつかむ。西部劇ではカウボーイブーツを、歴史物ではローマンサンダルをと、映画産業に貢献する一方で、ほどなく、スターたちからプライベート用の注文靴の依頼が殺到。またたくまに「スター御用達の靴職人」として名声を博し、大成功を収めたのだ。
 サルヴァトーレの作る靴が、なぜスターたちからそれほどまでに愛されたのか。斬新なデザインや上質な素材使いはもちろんだが、なによりも最高の履き心地を叶えたことが大きかった。南カリフォルニア大学で人体解剖学を学び、土踏まずのアーチについてとことん研究を重ね、足を包み込むような安定感とフィット感を実現。見た目だけではない、“機能的で美しい靴”が、要求の高いスターたちの身も心も満足させ、揺るぎない信頼を勝ち得たのだ。そして、1927年、サルヴァトーレは故国イタリアに戻り、フィレンツェを本拠地とする。より最高品質の靴を追求する彼にとって、最高峰の靴職人たちが集まるイタリアでの物づくりは、至極当然の選択だった。

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日本の足袋(たび)から着想を得て製作された、着脱可能なソックス風デザインのサンダル「kimo」を履いたモデルたち。1951年当時ではありえない、斬新な発想力も彼の強みだった。
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王侯貴族をはじめ、グレタ・ガルボやマリリン・モンローといった女優など、顧客リストには錚々(そうそう)たるセレブの名が連なる。こちらは、オードリー・ヘプバーンのための木型。
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アメリカに渡り靴職人として成功を収めたのち、1927年、物づくりの本場、イタリア、フィレンツェに工房を開設。1938年には写真のスピーニ・フェローニ宮を手に入れ、ブランドの本拠地とする。中には、本店のほかに、靴好きにはたまらないサルヴァトーレ フェラガモ博物館も。