尽きないアイディアで逆境を乗り越えて

 イタリアに本拠地を移し、サルヴァトーレ・フェラガモはかつて貴族の館であったスピーニ・フェローニ宮を購入。そして、故郷ボニート出身の医者の娘、ワンダと出会い結婚。3男3女に恵まれ、ファミリービジネスとしての基盤を築きはじめる。そんなさなか、世界は第二次世界大戦に突入し、いままで使用していた質の高い素材が入手困難な状況に陥るが、ここにきて、サルヴァトーレの才能がまたもや開花する。苦境に屈するどころか、きらめくようなアイディアが泉のごとく湧き出たという。チョコレートを包んでいたセロファン、ラフィア椰子(やし)、透明の釣り糸、そしていまでは当たり前となったコルクウェッジソールなど、靴の固定概念を、根本から覆すような素材使いで、画期的なデザインを次々に発表。足の甲を包み込んだ武骨な紐靴が主流の当時、ヌーディなサンダルを作ったのも彼であった。特許登録はなんと350を超える、といった数々の伝説と膨大なアーカイブを残して、1960年、靴に捧げた人生は62歳で幕を閉じた。しかし、その精神とクラフツマンシップはファミリーによって脈々と受け継がれ、靴のみならず一大トータルファッションブランドへと成長を遂げ、いまに至っている。

[画像のクリックで拡大表示]
創業者サルヴァトーレ・フェラガモが生み出した伝説の靴たち。1938年、女優ジュディ・ガーランドのために製作されたレインボーカラーの一足。第二次世界大戦中、土踏まずを支えるスチール製のシャンクに代わるものとして生まれたコルクウェッジは、靴の世界におけるまさに大発明。
[画像のクリックで拡大表示]
1959年、マリリン・モンローのために製作されたスティレットヒール。びっしりと全面に施されたスワロフスキークリスタル使いもグラマラス。映画『七年目の浮気』の地下鉄の風にスカートがあおられる名シーンで、マリリンの美脚を飾ったのもフェラガモの4インチ(約11cm)ヒールだった。
[画像のクリックで拡大表示]
1978年、サルヴァトーレ・フェラガモの長女フィアンマがデザインした、グログランリボンが特徴の「ヴァラ」。いまなお世界中で愛されている、フェラガモを象徴するアイコニックな名品。