バンジージャンプで跳ぶとイヤな体臭が出る?

 もう一つ、興味深いお話を。バンジージャンプのような強いストレス体験をするとき、人体は、脇の下などから不快なにおいを放つという。「ストレスによって体内の代謝が変化して、においを放つ成分がつくられるのでしょう」(東原教授)。そのにおいを嗅いだ人もストレスを感じるので、結果として、本人のストレスが周囲に伝達されるわけだ。

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強烈な恐怖を感じたときの体臭は、イヤなにおいがする。
ヒトは、恐怖やストレスにさらされると、不快なにおいを発するという。例えば、バンジージャンプで跳ぶ直前、脇の下にガーゼを挟んでおき、ジャンプ後のガーゼを別の人に嗅がせると、みな無意識のうちに、身をのけぞらせるという。その昔、ヒトの祖先が野生生活をしていたころは、この不快な体臭は危険・防御シグナルとして機能したのかもしれない。猛獣などに襲われたとき、体が発するにおいで相手を怯ませ、近くにいる仲間には危険を知らせる。そんな名残が、私たちの体にあるのだろう。

 なぜそんな仕組みが? これも、人類の祖先が野生の中で生活していた状況を想像すると、理解できそうだ。当時の代表的な恐怖の対象といえば、人間をエサにする猛獣だろう。そんな相手と遭遇したとき、体がイヤなにおいを発すれば、相手は多少怯ひるむ可能性があるし、近くにいる仲間には、危険を知らせることができる。不快な体臭は、嗅覚を介して、私たちの身を守るシステムを成しているのだ。

 でも、それは人類の祖先が野生で暮らしていたころの話。現代ではそんなことをいっても……などと思った方のために、最後に衝撃のデータをお伝えしよう。

 中高年になると、だれでも体の機能がいろいろと衰える。嗅覚が鈍るケースも少なくないのだが、中高年で嗅覚を損失した人は、嗅覚平常者に比べて、5年以内に亡くなる確率が3~4倍も高いという。これは、がんや心不全といった深刻な病気よりも高い死亡リスクなのだ。

聴覚を失うと他の疾病より死亡率が高い。
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嗅覚の損失は、早死ににつながる?
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嗅覚を損失した人は、早く亡くなるリスクが高まっている? そんな可能性を示す研究がある。シカゴ大学の研究チームが、3000人以上の中高年者の嗅覚をチェックして「嗅盲」「嗅覚鈍麻」「平常」の三段階に分類。5年後に追跡調査をしたところ、「嗅盲」の人の死亡率は、57歳以上の各年齢層で3割を超え、平常者の3~4倍に及んだ。計算上、がんや心不全といった深刻な病気に罹患するよりも、死亡リスクが高い。嗅覚低下は特定の病気と結びついているわけではなく、どういう理由で死亡リスクが高まったのかは不明。ただ、嗅覚の低下からくるストレスが寿命を縮めた可能性は否定できないだろう。
Pinto et al: Olfactory Dysfunction Predicts 5-Year Mortality in Older Adults. PLoS ONE 9(10): e107541.(2014)

 東原教授は、「嗅覚の低下は、特定の病気によって起きるわけではありません。なぜ死亡リスクと関連するのかは、現時点では不明です」と前置きした上で「においは本来、24時間感じ続けているもの。それが感じられないという状態自体が大きなストレスとなり、死亡リスクを高めた可能性は否定できないでしょう」と説明する。
 冒頭でも触れたように、今の世の中は「無臭」がトレンド。だが、人間が生き物である以上、完全な無臭環境は決して実現されないし、もし嗅覚の不調でにおいを感知できなくなったなら、それはむしろ危険な予兆なのだ。いまいちど、私たちを取り巻く「におい」の価値を見直してみてはどうだろう。

北村昌陽
科学・医療ジャーナリスト。ノンフィクション作家。
1992年日経BP社に入社し、医療、健康系の雑誌で執筆、編集に従事。2009年退社後、フリーのジャーナリストとして、雑誌や書籍、ネット媒体などで執筆を行う。生き物としての人体の不思議さやすごさを伝えるべく、日々奮闘中。著書『スゴイカラダ』(日経BP社)など。

Photo:Tsuyoshi Ogawa Text:Masahi Kitamura Editor:Yuko Sano