最新作『ライオンのおやつ』が、本屋大賞にノミネートされている小川糸さん。光あふれる瀬戸内のホスピスを舞台に描いた作品は、主人公の「死」と「人生の残り時間」を真正面から描きながら、決して暗さや苦しさを感じさせない。その背景には、亡くなった自身の母親との関係や、3年間暮らしたドイツ・ベルリンでの経験があるという。この作品を書き上げ、再び日本に拠点を移した小川さん。親との死別や身体の変化など、自身の「残り時間」を意識しはじめる40代。新たなスタートを切った小川さんは、何を指針にしているのか?

母の死をきっかけに新しい扉が開いた

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──最新作『ライオンのおやつ』が本屋大賞にノミネートされています。小川さんのもとにはどんな読者の声が届いていますか?

 「自分自身が死ぬのが怖くなくなりました」という感想がすごく多いですね。この物語を書いたきっかけは、病気の母が言った「死ぬのが怖い」という言葉でした。母の死には間に合いませんでしたが、「死=暗くて怖くてつらくて重いもの」という通り一遍のイメージとは違うものを伝えられたのはすごくうれしいです。

──それは、小川さん自身が意図し、予想していたものでしたか?

 いいえ。この3~4冊で感じるようになったのは、読者が読んで感じてくださってはじめて作品に命が吹き込まれ、それぞれの物語として機能するんだなということです。私と読者の方の共同作業というか。冊数を重ねるうちに読者の方と呼吸を合わせるような感覚や、読者との信頼関係が生まれてきているのかもしれません。

──小川さんが考える「物語の機能」とはどんなものでしょうか?

 デビューのときから一貫して思っているのは、読者にとって広い意味での実用書でありたいな、と。何かしら「読んで得るものがあった」と思ってもらえるような。前作の『ツバキ文具店』はそういう部分がわかりやすくあった気がするんですが、今回は本の持つ世界観や雰囲気が変わっている気がして、どう受け取られるかドキドキしていました。

──ご自身にも、これまでの作品とは違う感覚があったということですか?

 そうですね。これまでの作品は、今から思えば、母に対する反発をエネルギーに書いていた気がします。でもこの作品は、母が亡くなってから書き始めたもの。母の死で、今までずっとつながってた「透明なヘソの緒(お)」がようやく切れ、自由になれたという部分もありましたし、同時に、自分が死ぬことで娘を解放してくれた、母への感謝の気持ちもありました。

──お母さまとはどんな関係だったのでしょうか?

 本当に特殊な関係だったと思います。幼いころから母は常に私の反面教師で、母から離れて自立することばかりを考えていました。母との現実があまりにつらかったので、物語に逃げ込むようになりましたし。当時はそんな自分をすごくアンラッキーだと思っていましたが、そういう環境だったからこそ今の自分があるし、こうして生きている幸せがあると思うと、すべてが母からのギフトだったんだなと。母の「死」をきっかけに世界が反転し、新しい扉が開いたような気がして、自分にとってもすごく大きな意味がある作品になりました。

──現実逃避とは異なる、新たな「物語の機能」を見つけたということでしょうか?

 そうかもしれないですね。今までは闇に目を向けていたけれど、光に目を向けられるようになったというか。それまでとは異なる見方を発見できたと思います。