ジャン・バティスト:ロベール家のシャンパーニュ造りの歴史は、ポリーヌという女性が1870年代にこの地でブドウ栽培を行ったことからスタートします。最初は小さなブドウ栽培農家で、シャンパーニュ造りを始めたのは1900年代に入ってからのことです。

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ドメーヌ・アンドレ・ロベールの外観。

明日香:ジャン・バティストさんは、何代目でいらっしゃいますか?

ジャン・バティスト:次期5代目となります。あちらにいるのが、義父のベルトラン・ロベールで現4代目当主です。その祖父の2代目当主だったアンリ・ロベールは、ル・メニル・シュル・オジェで初の協同組合をつくりました。その後、この地域でそれまでブドウ栽培をしていた人々が、シャンパーニュを造るようになっていったのです。当時はシャンパーニュ造りに必要な機械や器具を個人で買い揃えることができなかったので、共有物として使ううちに、この地域の皆がシャンパーニュを造ることができるようになりました。祖父のおかげで、それまではブドウ栽培だけをしていたブドウ生産者たちが、シャンパーニュの造り手へと変わっていったんです。

明日香:ひいおじいさまはル・メニル・シュル・オジェにおける“シャンパーニュ造りの父”ともいえますね!

ジャン・バティスト:そうですね。その後、彼の息子、つまり私の義理の祖父であるアンドレは、協同組合を抜けて自分自身のドメーヌでシャンパーニュ造りをすることを決めました。アンドレは、当時とても住める状態ではなかったこの建物の地下セラーに注目して、購入を決めました。1960年のことです。

明日香:もともと地域ぐるみでのシャンパーニュ造りの礎をひいおじいさまが築き、そこからおじいさまのアンドレさんが独立して、ドメーヌ「アンドレ・ロベール」のシャンパーニュ造りが始まったんですね。非常に興味深い歴史です!

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右から、次期5代目当主のジャン・バティストさんと妻のクレールさん。

(後編に続く)

杉山明日香
理論物理学博士。ワイン研究家。唎酒師(ききざけし)。
有名予備校で数学講師を務める傍ら、ワインスクール「ASUKA L’ecole du Vin」にてソムリエ資格試験対策講座を主宰。東京・西麻布のワインバー「GOBLIN」、パリの和食店「ENYAA Saké & Champagne」を経営するほか、ワインと日本酒の輸出入業も。東京とパリを2週間ごとに行き来する多忙な日々。著書に『ワインの授業 フランス編』『ワインの授業 イタリア編』『受験のプロに教わるソムリエ試験対策講座』など。

Photos: Yuji Ono Text: Asuka Sugiyama Editor: Kaori Shimura

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