ジャン・バティスト:彼女とは1999年にランスのボーディングスクール(高校)で出会い、2009年に結婚しました。出会ってから10年後に結婚したんです。

明日香:お二人とも、ボーディングスクールを出てすぐにワインの道に入ったのでしょうか?

ジャン・バティスト:いいえ。ボーディングスクールを出たのち、彼女はマーケティングを専門に学び、私はバイヤーになるため、それぞれ普通の大学に通っていたんです。卒業後は、私たち二人はパリに住んでそれぞれまったく違う仕事をしていましたが、収穫やシャンパーニュを造るときは年に何回も帰ってきて手伝っていました。

明日香:どういうきっかけでこのドメーヌを受け継がれることになったのですか?

ジャン・バティスト:義父は、私たちに「自分たちが選びたい道を進みなさい。いつか継ぎたいと思ったらいつでも帰ってくればいい」と言ってくれていました。クレールは女性ですし、私と結婚して別の人生を歩んでいたので、義父としても無理強いはしたくなかったのだと思います。ただ、私は造り手の息子ではないですが、この地方の出身でシャンパーニュの仕事はとても身近なものでしたし、私たちは常にどこかでドメーヌのことを気にしながらパリで生活していたので、長男が生まれたこともきっかけとなり、私たちの次の世代に引き継げるようにシャンパーニュ造りをしよう、と二人で決心しました。

明日香:ジャン・バティストさんは、そこから本格的にワインの勉強をされたのですか?

ジャン・バティスト:はい。約10年のパリでの暮らしを終えてシャンパーニュに移る前、2013年の1年間は、パリからランスとアヴィーズにある専門学校に通っていました。

明日香:2つの学校に一度に通っていたなんて! 大変だったでしょう。

ジャン・バティスト:そりゃもう、頑張っていましたよ(笑)。専門学校を修了したあとはシャンパーニュ造りのみを仕事としています。もう5年たちますが、その間に南仏やブルゴーニュなどで学んでは戻ってきたり。自分自身の考えや経験を増やし、広げるために、いろんなところへ足を運び、学んできました。シャンパーニュのみしか知らず、ほかのことを知らない造り手にはなりたくなかったんです。
 ただ、私のいちばんの師匠は義父です。彼はまだまだ現役で、毎日仕事をしています。体力的な限界がくるまで、働き続けるでしょう(笑)。私は義父との仕事を通して多くのことを共有し、そこから多くのことを学んでいます。経験だけでなく、プロセスそのものやストーリーをシェアしているんです。

明日香:いろんなことを共有しながら学べるなんて、素晴らしいですね!

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ミレジメの法定熟成期間は15ヶ月だが、開くまで10年以上寝かせることも。

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