プリン・ア・ラ・モードは“洋菓子”だ。本場西洋を手本としながらも、日本で生まれ育って半世紀。戦後、人々をよろこばせたハイカラな味わいは現代人の幼いころの記憶へとつながっている。懐かしさに満ちた大人のスウィーツ探訪記。第5回は、日本洋菓子界のパイオニアが残した、高円寺の喫茶室へ。

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「戦後の日本に甘い洋菓子で慰めを」と開店した洋菓子店

 プチ・トリアノン。フランス王妃となったマリー・アントワネットが多くの時間を過ごした、ヴェルサイユ宮殿の離宮だ。無類のスウィーツ好きだったマリーの傍らには、よく故郷のお菓子があったという。

 そんなプチ・トリアノンに由来するのが、高円寺に本店を持つ「トリアノン洋菓子店」だ。

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創業当初のクローバー。1931年、東京・六本木に開店した。のれんに「クローバ洋菓子店」の文字が。

 創業者の安西松夫氏は、1918年生まれ。近江洋菓子店で洋菓子職人としてのキャリアをスタートさせ、両国風月堂や上野風月堂で修業。戦後、六本木のクローバーに入社した。

 クローバーを退社した1959年、安西氏はヨーロッパに向かう。「厳しい時代を生き抜こうとする日本の人々を甘く美味しい洋菓子で慰めたい」という新たな志を持ち、視察と勉強の旅に出たのだ。そして翌1960年、高円寺にトリアノン洋菓子店を開店させる。

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1960年、開店したばかりのトリアノン洋菓子店。当時取引のあった大手洋菓子店の飲食部門から、ケーキの注文が殺到した。
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併設の喫茶室には、創業者の安西氏がフランスから持ち帰った装飾品がちりばめられていた。