この春、銀座のイベントスペース「シャネル・ネクサス・ホール」で開催されたピエール=エリィ ド ピブラックの写真展が、9月19日から始まる「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真際 2020」に巡回する。パリ・オペラ座バレエ団の公演会場の舞台裏で、ときにダンサーたちのなにげない日常をとらえ、またときには彼らとともに演出たっぷりにつくりあげた三部作「In Situ」の見どころを、「シャネル・ネクサス・ホール」での展覧会の様子とともに、アート・ジャーナリストの住吉智恵さんがレポート。

フォト・ルポルタージュの名手がとらえたバレエのすべて

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 写真家ピエール=エリィ ド ピブラックの個展「In Situ」は、バレエ文化の美学とスピリットをあますところなく表現したもの。作家自身が「ダンスのムーブメントを感じてもらえる空間構成」と語るとおり、多彩な方向を示す動きのある動線を回遊すれば、パリ・オペラ座のリハーサルスタジオやステージ上を行き交うダンサーたちの動きを体感的に想像することができる。

「バレエ・ファンの妻からのサジェスチョンがきっかけで興味をもち、2年間2シーズンにわたってダンサーたちの生活に密着しながらこの作品を制作しました」と語るピブラック。2013年から2015年にかけて、主会場であるパリのガルニエ宮とオペラ・バスティーユの舞台裏に身を置き、「In Situ」三部作をつくりあげた。

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 三部作のひとつ「Confidences」では、稽古場や楽屋、舞台袖でのダンサーたちをまるでモノクロ映画のシーンのように撮影している。なかには、当時のエトワールだった現芸術監督オーレリー・デュポンの楽屋で、本番前の2時間、自身の存在を消すようにして静かにシャッターチャンスを待ったという作品も。鏡の周囲に飾られた我が子の写真から吸いさしの煙草まで、彼女の人生の輪郭をほろ苦く浮き上がらせている。

「このシリーズのテーマは親密感と緊張感です。例えば稽古場では、ダンサーたちの間に交わされる視線に羨望やプレッシャーなどが入り交じっています。また舞台袖は、ダンサーにとってほんの束の間ですが、解放されてホッとする場所。汗や息遣いが感じられるほどの距離から、彼らのエモーションをとらえました」

 ここではクラシックバレエ特有のキメのポーズをあえてはずし、彫像のようなクリシェ的なイメージから解き放たれた生身のダンサーたちの人間性を見事に表現している。

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 また「Analogia」では、ガルニエ宮のさまざまな場所でダンサーたちがパフォーマンスを繰り広げる様子を超広角レンズでとらえた。“アナロジア”というタイトルは、シャルル・ガルニエの壮麗な建築の細部とダンサーたちの動きを相似形としてすくいあげ、自ら演出を施したことを示す。まさに「建築が主役のひとり」ともいえる作品だ。

「オペラ座のなかで過ごすうちに、この巨大な建築空間がダンサーに畏怖をもたらし、パフォーマンスに影響を与えていると考えたんです。客席やサロン、屋根といった空間のデザインと共鳴しあうポーズをまず絵コンテに描き、ダンサーや振付家に僕の拙い動きでやって見せて、それがバレエのコンテクストと矛盾していないかどうか、互いに確認しました」

 超写実的な描写は「アール・ポンピエ(消防士の芸術の意)」と呼ばれる19世紀のアカデミック絵画を参考にしているという。人間の視覚では認識不可能なディテールまで精密に写し出すそのカメラアイは、劇場文化の象徴ともいえる現実感を超えた世界を立ち上がらせた。