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© CHANEL NEXUS HALL

 セルネの写真と並走するようにして、浦上蒼穹堂・浦上満コレクションの珠玉の春画が出展されている。先日開催されたギャラリートークでは、浦上氏による貴重な、そして軽妙洒脱な解説を聴くことができた。

 春画の起源は、中国から医学書とともに伝来した性交体位の解説図で、701年にはその最古の記録が見られるという。中国では房中術(ぼうちゅうじゅつ)も不老長寿と健康の医術として大まじめに研究されていたのだ。

 中世には神社や貴族の家に代々伝わり、近世には武家でも子孫繁栄や強運の護符として取り扱われた。江戸初期になると、肉筆風俗画のひとつとして枕絵(まくらえ)が盛んになり、やがて版画技術の発達により安価で美しい浮世絵の版画や版本が大流行。社会の変化とともに、庶民の娯楽として躍り出た。当時ほとんどの浮世絵師が春画を制作し、その画力を競いあったという。

 「ご存じのように春画は、性器の描写などバランスが破綻していますが、そこも絵師の腕の見せどころなんですね。春画は“なんでもあり”の世界。男女、男同士、女同士、遊郭、不倫、動物まで、あらゆる性的関係がタブー視されることなく、ファンタジーとして描かれています。一見ドキッと驚かされますが、気品があって味わい深い」(浦上氏)

 例えば、錦絵の創始者といわれる鈴木春信の作品は、まだあどけない若衆と遊女、若夫婦を覗き見する乳母、主人の昼寝中に間男を招き入れる女房、猿回しを見物中のカップル……と童画のように可愛らしいが抜け目がない。

 鳥居清長の「袖の巻」では、性愛のあらゆるシーンが情感たっぷりに描かれ、なかでも事を終えた二人の満ち足りた表情の豊かさは、まさに日本美術ならではの濃やかな表現である。

 旗本の絵師であった鳥文斎栄之(ちょうぶんさいえいし)の肉筆画は豪奢そのもので、源氏物語に想を得た絵巻に見られる渋い色みと精細な描きこみは息をのむ。女性の性器に施された、濡れたようにきらめくグレーズも見逃さないでほしい。

 そして、浦上氏が世界最大のコレクションを築いた葛飾北斎の展示は本展のクライマックスだ。海女と漁師や大蛸小蛸との丁々発止の渡り合い。二人の女の性遍歴とどんでん返しの物語。いずれもよく練られた艶笑小咄の詞書(ことばがき)までつぶさに読み解きたくなる魅力がある。浦上氏を魅了した北斎の筆致が、江戸庶民の関心を強く惹き付け、識字率の向上に貢献したという話も頷ける。

 多くの著名な絵師の筆により数千点を超える作品が制作されたといわれる春画は、さまざまな絵画の実験の宝庫である。

 日本が誇る成熟した文化である春画のエッセンスは、現代のカルチャーやメディアの暴走する性表現にも受け継がれるべきだろう。おおらかで濃やかな性愛のあり方を通して、「お天道様の下、裸で抱き合えばみな同じ」という境地と、明治以前の日本人本来の開かれた人間観を見直したい。

「ピエール セルネ & 春画」
~4月7日(日) 12:00~19:30 無休
会場:シャネル・ネクサス・ホール(東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F)
入場料:無料

Text:Chie Sumiyoshi Editor:Kaori Shimura

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