シンプルかつ渋い、ちゃんばら活劇の魅力

──ラスト30分は、1人で100人くらい相手にした、まさにちゃんばらの場面でしたね。

 今の時代劇だと、あれだけの大人数の敵を全員斬っていく、というものが多いですよね。でも多十郎は、自分が逃げる道を開けるためとか、大人数を蹴散らすためにしか斬らないし、致命傷を与えるのもほんの数人。戦う場所も大人数相手に戦いやすい場所を選んでいるんです。ちゃんばら活劇ですから楽しんでもらうのが大前提ですが、そういう考えで作られているので、キメキメじゃない、渋い魅力がありますね。

クライマックスの30分に及ぶ壮絶な殺陣は、中島監督の真骨頂。「人を殺めるための殺陣ではないのが、ほかとの大きな違い」という。
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──京都・太秦(うずまさ)でずっと時代劇をやってきた俳優さんたちとご一緒して、何か刺激は?

 みなさん時代劇を知りつくしていて、どの場面で何が必要かわかっているんですよね。とくに時代劇ならではの笑いの場面、長屋に暮らす人たちのやりとりとかは、どうやって遊べばいいかわかっている。駕籠(かご)かきのコンビとか、大家さんとおかみさんとか、岡っ引きとか……「ああ見たことある、これだよね時代劇って」という感じで。それがあるからシリアスになりすぎず、作品にメリハリもつくし。人を楽しませるってああいうことだなと。

──時代劇らしい時代劇だなと感じました。

 時代劇らしい、無駄を排除したシンプルな作りというか。観客に伝わるようにと心配して説明しすぎるような部分は少ないですね。監督はそういう作品を作ってきた方なので。

──高良さんご自身は、そうした作品がお好きなんですか?

 僕としては、わかりやすい作品が最上とも思わないし、説明が少ない作品がダメだとも思わないんですよね。「伝わる」ことを意識するのは大事なことですが、そこまで説明しなくても「理屈とは違う部分で、きっとわかってくれる」と、観客を信じている部分は常にありますし。もちろん作品によっては、そうはいっても伝わらない、ということもあるだろうし。何がわかりやすくて、何がわかりにくいかっていうのも、だんだんわからなくなってきたりして(笑)。
 ただどんなタイプの作品であれ、自分はその作品のため、役のためにそこに立っているんだし、俳優はそこに対して全力になるだけです。