映画『多十郎殉愛記』で、本格的な殺陣のある時代劇に初挑戦する高良健吾さん。ストイックな在り方が魅力の高良さんが思う、時代劇の「カッコよさ」とはなにか。そして、10代20代の頃は「演技をするのがつらいこともあった」と振り返る彼に訪れた変化とは?

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意識したのは、時代劇ならではの「カッコつけ」

──この作品を手がけた中島貞夫監督のファンだったそうですね。

 オファーをいただいて、自分はラッキーだなと。久しぶりにメガホンをとる中島監督の現場に行けるということと、時代劇なので、殺陣(たて)をしっかりできることも嬉しかったです。

──多十郎というキャラクターを演じるにあたって、どんなことを考えましたか?

 やっぱりカッコよく、粋でないといけないなというのは考えました。「武士道」って、言ってみれば「カッコつけ」だと思うし、それが浪人だろうとその時代の武士であるなら、共通して持っていてほしいものというか。だから着物の着こなしにしても、何に対して心が動くのかという部分にしても、多十郎が思う「カッコのつけ方」を意識しました。

──「何に対して心が動くのか」という点では、ヒロイン・おとよが人目も気にせず多十郎にすがりつく場面の、居心地の悪そうな表情が絶妙でした。

多十郎のおとよへの愛については、「多十郎が、“覚悟ができる愛”を見つけられてよかったと思う」と高良さん。
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 女性がらみのああいう状況が苦手なんだろうなあ、と(笑)。あそこは映画の中で唯一、多十郎の心が揺れる場面ですよね。やっぱり幕末に生きた武士たちって、「自分の命を何に使うか」というのをすごく大事にしていたと思うんです。そんな時代において多十郎は、「何かに命を懸けることなんて無意味だ」と思っている。でも最終的には、愛する人のために自分の命を使おうと思うようになる。乾いた世捨て人のようで、実はそういう部分を捨てきってはいないんです。

──多十郎は、自分のそういう部分に気づいていないように思いました。最後の最後で「そうなんだ、これが愛なんだ」という感じで気づくというか。

 どこかで気づいてはいたと思うんです。気づかないふりをしていただけで。どちらかというと、自分が愛していることを認められなかったんじゃないかなと。それはその時代の男の美学かもしれないし、もしかしたら武士道の一環として「忍ぶ恋」が一番純粋だと思っていて、それを地でやっているのかもしれません。それが多十郎の「カッコつけ」なんですよね。

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