「私がこんなにも⽣きづらいのは、あんな親に育てられたから」。多くの⼥性たちが仕事を持って⾃⽴し、さまざまな選択の⾃由を持つ今、クローズアップされるようになっている「毒親」問題。特に働く30代、40代にとっては、全く異なる価値観の時代を生きた⺟親との関係に悩む⼈が多い。脳科学者の中野信⼦さんも、実はそんな⼀⼈。親の呪縛から解放され、新たな関係を築いていくにはどうしたらいいか――最新著作『毒親』は、科学と理論で考察する。

「どうして“いい子”にしてくれないの?」と言われ続けた子ども時代

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──「毒親」という⾔葉は、ここ10年ほどで⼤きな注目をあびるようになっていますよね。なぜだと思いますか?

「なぜ⾃分はこんな存在なのか」という疑問は、人類がずっと抱えてきた問いですよね。ただ現在は科学の時代で、宗教的なものにその答えを見出すというのが、あまり標準的なやり方とは見なされていない。遺伝的な要因や、脳の発達過程で受けた教育など、親による影響がかなりの部分を占めていると多くの人は考えています。すると「⾃分の⽣きづらさは、親のせい」というマインドに誘導されやすい。そこで、親⼦関係を⾒つめ直す⼈が増えているのではないでしょうか。

──執筆のきっかけには、どういう思いがあったのでしょう?

 何かしら壁にぶつかったとき、他の⼈はうまく乗り越えているのに、⾃分はできない……そう感じたとき、自分の能力の不足の原因を子ども時代の養育環境に求めてしまうということが、しばしば見られます。あんな子ども時代を送っていなければ、もっと自分はできたはずだったのではないか、と。つまり、親子関係にその原因を帰属させようとするのです。

 ただ、そこで親を責めると、一瞬の解放感は得られるでしょうが、「乗り越えられない」という問題そのものは解決しないんですよ。そうした感情と課題そのもののもつれを、親子関係に科学の視点を導入することで整理できるのではないかと。

──著書(『毒親』ポプラ社)の冒頭に「パンドラの箱を開けるような気持ちで」という⾔葉がありました。ご⾃⾝にも、そういう体験があったのでしょうか?

 たしかに⺟とはあまり話が合う感じはしなかったのですが、悪意を持って育てられたわけではないですよ。ごく普通の女性でした。むしろ、私自身がいわゆる「育てにくい子」だったのではないかと客観的に見れば思います。自分は、科学には子どもの頃から親和的で、いわゆる⼦どもらしい無邪気さとか可愛らしさとは縁遠かった。

 そんな冷たい印象の⼦を、どうしていいかわからなかったんじゃないでしょうか。⼩学校の通信簿に「利⼰的」と書かれたことがあったのですが、波風をたてるように悪目⽴ちする私に、⺟はショックを受けていたろうと思います。ただ、自分は何が悪いのかわからず、「そう言われても、そもそも、生物の原理そのものが利⼰的なものなんじゃないのかな」とか思っていましたけど(笑)。

──そういうお⺟さまの思いと、どんなふうに向き合ってきたんですか?

 あまり向き合わないほうがいいという考え方です。向き合っても、リターンが少ない。どうしたって血のつながりはあるわけだから、それ以上の交流は必要ないでしょう。何かを求めても、互いの着地点が異なる以上、追求しすぎるのは無意味です。

 東京出⾝でしたが、⼤学時代には⼀⼈暮らしを始めましたし、距離があることで互いを大切にできる関係、というのもあるのではないでしょうか? ⺟は寂しかったかもしれませんが、子はその寂しさを埋めるための道具ではありませんし。私には私の意思と人生があり、⺟には⺟の意思と⼈⽣があるわけでしょう。独立した個人同士として妥協点をあまりクリアにせず、ある程度の遊びをもたせておけばいいんじゃないかと。