今回最も驚かされたのは、フランスのダンケルク港や日本の東京湾など、港湾の工業地帯で撮影された新しいシリーズだ。雨に煙る倉庫やコンビナートの荒涼とした風景が、美しいモデルやたおやかな白鳥の姿と並列に置かれている。

 また、その地区を移動する車窓の景色をdrive-by shootingで映した映像は、ヘッドホンから流れる音楽にもひねりを利かせている。これはクシシュトフ・キエシロフスキー監督の映画『ふたりのベロニカ』のサウンドトラックに収録された「Van den Budenmayer Concerto en mi mineur」という楽曲で、その壮麗なオーケストラとコーラスの曲想は、200年前に作曲されたという設定だが、実は現代音楽家ズビグニエフ・プレイスネルの作品。意外にもそれが、実用本位の建造物が立ち並ぶ都市景観の清々しいまでの質実さを際立たせている。

Ⓒ CHANEL NEXUS HALL

 これまでどちらかといえば、やわらかく繊細な事物に美を見出してきたサラが、ここにきて荒々しく頑健な事物に惹かれたのはなぜだろう。

「東京湾で撮影をしてみて、これは極めて精緻にデザインされた、ある意味で日本的な風景だと思いました。まさにいま取り組んでいる最中のテーマなので、工業的な事物になぜ惹かれるのか、まだはっきりとしていないの。港という場所には、出発や寄港という人の移動がありながらも、時が止まり、人の気配が消え、機械しか目に入ってこない時間帯がある。とてもコンテンポラリーで、同時に過去を追憶する風景だと思います」とサラは答えてくれた。

 サラ・ムーンの作品世界は、曖昧で儚い時のうつろいを追憶させるが、それは決して偶然の産物ではなく、決定的な瞬間へと自身を追い込むストイックな過程の結実だ。

「まるで手品のように見える不思議な錬金術、それが同時に私を巻き込みながらも、その瞬間に私を抽象化する。(略)」と、本展のイントロダクションでサラ自身は記している。

 サラの写真のもつ、生きとし生けるものが潔く枯れゆくかのような、ひんやりとメランコリックな湿度と温度は、彼女が言うように、芸術家が自身を「抽象化」するアティテュードから醸成されているのだろう。

サラ ムーン写真展 D'un jour à l'autre 巡りゆく日々
会期:5月4日(金)まで 12:00~19:30 無休
会場:シャネル・ネクサス・ホール(東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F)
入場料:無料

Text:Chie Sumiyoshi Edit:Kaori Shimura

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