ダークサイドに落ちてしまいそうなほど、つらかった映画学校

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──17歳のときに、女優になることを目指して単身アメリカに渡ったそうですね。

 当時の私はジャッキー・チェンの映画が大好きで、ジャッキー・チェンになりたい! 彼のような、監督・脚本もこなすアクション俳優になりたい! と思い、高校の途中で渡米しました。でも思えば小さい頃から漫画を描いたり、学校の“お楽しみ会”で劇の演出をしたりしていたんですよね。鍵っ子だったから空想の世界に入るのが好きで、そういうことをやっていると時間がアッという間に過ぎました。結局、本当にやりたいことはこれだったんだなと、今にして思います。

──当初は20代は女優として活動し、40代で映画を撮ろうと思っていたとか。

 20代って、とくに自分の人生がコントロールできない時代ですよね。私も俳優をやっていた20代の頃は、すべてのドアが閉まっていくような感じで。役を取れないのは当たり前、NOを突き付けられることばかりで、すごくもがいていました。人間は、そういう状況にあるときに限って、計画ばかり立てるのかもしれません。何歳になったら結婚しようとか。私が「40歳まで俳優で頑張って、その後は監督に」と思っていたのも、そんな感じだったと思います。

──大学に入ってからは、とんとん拍子のように見えますが……。

 皆さん結果しか知らないのでそうおっしゃいますが、やっている最中は本当に必死で。当初は学校をやめることばっかり考えていました。

──どういう苦労があったのでしょうか?

 周囲の学生は大学時代からそれなりに映画を学んでいるので、例えば授業で使う編集ソフトの「ファイナルカットプロ」とか、普通に使えるんです。でも私は触ったことすらないから、みんなが10分で終わることに何時間もかかる。最低でも1日13~14時間は学校にいましたが、ぜんぜん追いつかない。そんななかで子どもに授乳もしていました。

 ついていけるのか不安で、毎朝「おえっ、おえっ」とえづいていました。「あいつがスカラシップなんて何かの間違いだろう」と言われそうで、そのことはずっと内緒にして、「間違いではないことを証明しなければ」と自分を追い込んでいました。次第に不安は和らいでいきましたが、それでも時にはダークサイドに落ちてしまうんですよ。真夜中に一人で「マイケル・ジャクソンの気持ちがわかる、きっと彼も孤独だったんだ」なんて思ったりしていましたね。もちろん私はマイケル・ジャクソンにはほど遠い人間なのですが(笑)。

──結婚という基盤もあるし、「もういいや」と思ってしまいそうですが。

 ホントにその寸前までいきました。でも、どうしてやめなかったのか……やっぱり好きだったんでしょうね。挫折だらけの毎日のなかにも、それなりに小さな成功があって、気を取り直すこともありました。助けてくれている周囲の人たち、それからなぜか私に期待してスカラシップのスカラーに選んでくれた人への、やめたら申し訳ないという思いもありましたね。