2020年の本屋大賞を受賞し、話題の『流浪の月』。15年前の「ある事件」をきっかけに、それぞれが「被害者」「加害者」として偏見にさらされ、孤独な人生を強いられた男女を描いた物語だ。繊細な描写と、胸が締めつけられるような展開で、一気読み必至の作品だが、今の時代に誰もが感じる窮屈さの理由や、人と人とのつながりについても深く考えさせられる。著者の凪良(なぎら)ゆうさんが、作品に昇華させたもの、自身が感じてきた生きづらさを語る。

BL(ボーイズラブ)で描ききれなかったものが「バーンと出た」2020年本屋大賞受賞作

『流浪の月』(東京創元社)
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──2020年の本屋大賞を受賞されましたね。

 一気に世界が変わってしまいました。私にとって一般文芸で初の単行本で本屋大賞を頂けるなんて、夢にも思っていなかったので・・・・・・。担当の編集者さんたちとノミネートだけで大満足して、その後は「誰が受賞されるんでしょうね」と、受賞予想で盛り上がっていたくらいです。

──この作品を書いたきっかけには、何があったのでしょうか?

 小説を書くきっかけは、理論立ててうまく説明できないんです。いつもどこかからフッとやってきて、書きたい! 書こう! となるだけです。よく言うんですが「猿がいい木を探して渡っていくうちに、たどり着いた」みたいな・・・・・・。

 ただいつもは、最初に特定のシーンが浮かぶんですが、この作品に関してはちょっと別でした。デビュー以来、私はずっとBLを書いてきたのですが、そこで書ききれずにたまってきたものが入り交じり、自分の一番濃いものになってバーン! と出た、というか。「とにかく好きに書いてくれ」と言っていただき、書いたものだったこともあります。

──「書ききれなかったもの」とは?

Photo:Atsushi Kojima
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 BLは「ボーイズ」の「ラブ」の話ですが、少女漫画の流れを引き継いでいるので、ハッピーエンドが基本なんです。そういうルールから外れた要素に重きを置いて書くと、「それが読みたいんじゃない」って言われてしまう(笑)。メインの恋愛を邪魔しない程度に収めなければいけないので、思いっきり自由には書けない部分もあるんですよね。

──主人公の女性、更紗と、文(ふみ)という男性の関係は性的なものには帰着せず、男女の新しい関係が描かれた作品だなと感じました。

 自分がどうしてこの話を書いたのか、自分の中で長年積み上げてきたものが基礎になっているんでしょうが、書評や誰かの感想を聞いて「なるほど、そういうことだったのか」と、改めて形のないものの輪郭を捉え直すことができることはありますね。

──読者からはどんな感想が?

 更紗と文は、15年前に起きた「ある事件」の被害者と加害者──だと世の中では思われています。でもものごとには「裏と表」があるものだし、「事実と真実」は必ずしも同じではない。そこに着目してくれる人は、すごく多かったですね。

 最初は、語り手である更紗に寄り添って読みすすめ、でも読み終えた後には「私も、こういう誤解をしていることが多いんだろうな」と、振り返ってくれる方が多くて、物語に入り込みながらも理性的に読んでいただけて、すごく嬉しかったですね。

──更紗を取り巻く世間の誤解が、善意の顔をしているのがすごくリアルでした。

 「被害者」である彼女を気遣うようでいて、実は自分の価値観という名前の刃物で彼女を切りつけているだけ。でもその刃物に善意という名前がついている以上、相手は刃向かえないんですよね。自分が優しい、善い人間だと思っている人は強いですから。そういう、「相手とのズレ」から感じる「生きづらさ」は、もともと自分が昔から感じていたものです。