アルツハイマー型認知症を患う父親とその家族の10年間を描いた、中島京子さんの小説『長いお別れ』が映画化された。認知症をテーマにした作品は、その介護の苦労やつらさを描いたものが多い。しかし、どこかコミカルですらある『長いお別れ』は、たとえ認知症になっても消えない「父親の生きてきた時間」を思わせ、ほかの作品とは異なる形で胸に迫りくる。頼っていないようで、今もどこかで頼りにしている親が、いつかは「死ぬ」存在であるという厳然たる事実。自身も6年前に認知症の父親を亡くした著者である中島さんは、どんなふうにそれを乗り越えたのだろうか。

病状が進みゆく父の姿に見出した、人間の「面白さ」

──映画化作品をご覧になった感想をお聞かせください。

肉体を持った俳優さんたちが全身全霊で演じていらっしゃることに感動しました。みなさん素晴らしかったのですが、とくに山崎努さんが本当にリアル。母と一緒に試写を拝見しましたが、何を見ても思い出してしまうようで、母は隣でボロボロボロボロ泣いていました。山崎さんはセリフ自体は少ないのですが、たとえば歩く後ろ姿や、「うむ」と唸るときの表情ひとつにも、父を彷彿とさせるところがありました。隣で見ていた方も「自分の父親を思い出した」とおっしゃっていたから、とくに「私の父」ということではなく、山崎さんは演じるにあたって、老齢の方、あるいは認知症の人の動きや表情を研究されていたんだろうなと思いました。(※山崎さんの「崎」は正式には「たつさき」表記)

──小説を書こうと思ったきっかけは?

認知症というと、『恍惚の人』で描かれたような、人格崩壊のイメージがつきまといます。でも、2004年に父が物忘れ外来で軽度の認知症と診断され、それから父の病状が進んでいくなかで、私自身、この病気に対してのイメージが変わるような発見があったんです。たとえば、これは初期の症状なのですが、いろいろなことを忘れていても、調子を合わせるのだけはめちゃくちゃ上手いんですよ。昔から仲のよかった父の女友だちが訪ねてきて、「京子ちゃん、お父さん全然大丈夫じゃない」とか言いながら帰っていったこともありました。彼女はすごくおしゃべり好きで、父は「うん、うん、大変だな」とか返事をするだけ。彼女は「やっぱり中島さん、わかってくれるわ~!」と思ったらしい。たぶん、ふたりは昔からこういう関係だったんだろうなと(笑)。そういうのがすごく面白かったので、それを書き留めたいと思ったんですよね。
言葉の変化も興味深かったです。言葉が出ず、最初は「あれ」とか「これ」だったのが、別の単語に代わる──「学校」と言おうとして「お茶碗」と言ってしまうというふうに。それがもっと進むと、単語が意味不明になりました。それでも、文法は間違っていないので、奇妙ではあるのですが、気持ちは伝わるところがあるんです。

中学校の校長をしていた父・昇平は山崎努さん、母・曜子は松原智恵子さん、長女・麻里を竹内結子さん、次女・芙美を蒼井優さん、麻里の息子・崇の幼少期を蒲田優惟人が演じている。

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