「健康な腸内細菌叢」にはいろいろな種類がある。

 腸内にすむ常在菌の種類は数百種にのぼる。そのバランスは国・地域別の特徴があり、大まかに3つのタイプに分かれるという(下の図)。例えば、米国や中国の人の腸内細菌は、日本でしばしば“悪玉菌”扱いされるバクテロイデス菌が中心の構成だ。これは、言葉を換えると、「“健康な腸内細菌叢”にもいろいろある」ということ。住む土地、そして個々人において、多様なバランスがあり、唯一絶対の理想像はないのである。

ヒトの腸内細菌叢は国と地域で、大きく3タイプ。
どの種類の菌が多いかによって、ヒトの平均的な腸内細菌叢は、大まかに左の3つのタイプに分けられる。このタイプのことを「エンテロタイプ」と呼ぶ。どのタイプの人が多いか、国や地域によって、だいたい決まっており、日本人は、スウェーデン人とともに、「ルミノコッカス」菌が多いタイプに属している。タイプの生成には、よく食べるものの種類や、投薬の種類や使用量が影響すると考えられている。性別や人種は無関係とされる。

 もう一つ、腸内細菌の摩訶不思議な素性に迫る話を。服部教授は先ごろ、僧侶になる修行の課程で、食事を精進料理に替えた健康な若者20人の腸内細菌を調べた。精進料理といえば野菜中心だし、さぞ腸内環境にもいい影響が……と思いきや、3カ月後。同年代の一般の健康な若者のグループと全く区別できなかったという。体重が大幅に減った人でも、だ。

 でも、野菜中心の食事に替えたら、善玉菌が増えるんじゃ……?

「腸内細菌バランスは非常に安定的なものです。食事をちょっと変えたぐらいでは、影響されませんよ」(服部教授)。な、なんと!?

 服部教授はこれを「菌のバランスは体温のようなもの」と説明する。「健康な人の体温は、平熱あたりで安定していて、運動しても入浴しても乱高下しませんよね。腸内細菌も同様。環境や食事が動いたところで、その人なりのバランスで安定しているのです」。

 ただしこれは、健康な人の場合。

「病気の人では、菌のバランスが不安定になっており、それを立て直すことが治療に直結すると考えられます」(服部教授)。では、菌のバランスを安定させる条件とはなんだろう?

一つの菌だけ増やして健康になるのは、あり得ない。

 服部教授は、講演会などで話すうち、あることに気付いたという。「腸内細菌と病気の関連性や、免疫細胞と菌集団の複雑な関わりなど、いまわかっている腸内細菌叢について述べ、納得してもらったとします。それなのに、最後の最後に、『ああ、今日から◯◯を飲まなきゃね』って反応が返ってくる。それ一つではたらく〝いい菌〞などいない、菌の多様性を高めることが大事、と伝えたつもりなのに、頭の中が、『善玉悪玉二元論』ですっかり固まっているから、新しい情報が入らない。実に、もったいないことです」(服部教授)。  つまり、いろいろな菌がいるほうが菌のバランスが安定化し、健康も保たれやすい、ということ。腸の健康の鍵は「善玉/悪玉」ではなく、「多様性」だったのである。

服部正平教授
早稲田大学理工学術院先進理工学研究科
服部正平教授 工学博士。化学企業の研究員を経て1984年九州大学遺伝情報実験施設助手。87年米国スクリプス研究所およびカリフォルニア大学サンディエゴ校研究員。東京大学教授などを経て2018年より現職。「腸内細菌は、20万年もヒトの腸内にすみ続け、自然淘汰にさらされてきたのです。人体に害になる菌が常在しているはずはありません」。

Text: Masahi Kitamura Editor: Yuko Sano

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