出産と子育てを経て変化した、社会への意識

──お子さんが生まれたことで、環境への考え方が変わりましたか?

子どもをもたなければ今の自分とは違う人間になっていたと思うほど、大きく変わりました。子どもたちの未来がどうなるのか、考えますよね。自分がいなくなった後も、彼らをそこに残していくわけですし。
私は23歳で子どもを産んだのですが、当時は自分自身の身体のこともあまり考えていなかったんです。毎日のように外食で、健康的な生活なんて全然していませんでした。今は子どものことはもちろん、自分もそれなりに年を重ねて、ちゃんとケアしていかなきゃいけないなって。環境も食も、自分に返ってくるものじゃないですか。

──仕事に対する考え方や優先順位も変わったのでしょうか?

子どもが生まれる前後くらいまでは、「あのブランドのショーに出たい、ランウェイを歩きたい」という気持ちで、がむしゃらにやっていましたね。出産はやっぱり転機で、そのころから自分の心に少し余裕がもてるようになったというか。モデルって何なんだろうとすごく考えるようになったし、そのなかで自分を確立していきたいなと思うようになりました。

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──2005年の出産から5年後の2010年くらいから、社会貢献に関するお仕事が増えているように感じました。シフトチェンジのきっかけがあったのですか?

2010年に「MODE for Charity」というイベントに参加し、国際協力NGOジョイセフと出合ったことが大きかったです。
当時の私は、モデルの仕事を始めて10年くらい。毎シーズン、NY、ミラノ、パリをぐるぐる回る“コレクション・サーキット”を、そろそろやめようかなと思っていたころでした。そんなタイミングでこのイベントの勉強会に参加し、ジョイセフが支援するアフリカの妊産婦さんたちの過酷な現状を知ったんです。
仕事もあり家もあり、夫はいないけど(笑)、子どもを安心して出産し育てられる自分は、なんて恵まれているんだろうと。出産と子育てを通じて社会のことを考えるようになっていたし、「私が支援すべき団体はここだな」と思い、ジョイセフフレンズという毎月の寄付を始めて……そこからですね。

──2011年にはジョイセフのアンバサダーに就任されましたが、具体的にはどういう活動をしていますか?

ジョイセフがどんな活動をしているのか、支援するアフリカの地域に足を運び、レポートすることです。これまでにアフリカのザンビアとタンザニアに行きました。

──現地でとくに心に残ったことは何ですか?

やっぱり出産する場所があまりに劣悪だったのはショックでしたね。病院の分娩台で、お医者さんが清潔な器具を使って、生まれた赤ちゃんを包む清潔なタオルがあり……というのを当たり前に思っていましたが、あちらでは自宅の土間というか、ただの土の地面で、あるのは錆びたハサミだけ。赤ちゃんを取り上げるのも何の知識もない妊婦の母親で……ほんとに怖いんですよ。それがその地域の当たり前の習慣で、何の検診も知識もない。だから赤ちゃんと母親の死亡率がすごく高いんです。
ジョイセフではそういう危険性を理解してもらうために、小さな村を一つ一つ回り、男性に子どもができる仕組みを教えたり、助産師など出産に立ち会う医療従事者を育てたりしています。また、臨月の妊婦が病院に行くのに、牛車にゴトゴト揺られて6時間(!)みたいな地区もあるんです。途中で生まれちゃうよ!って思いますが、それどころか亡くなってしまうことも珍しくない。だから、その道中に一時待機できる「マタニティハウス」を建てています。
日本国内でも、たとえば東日本大震災のような被災地に、生理用ナプキンや、出産前後のお母さんたちに必要な物資やケアを届けるといった支援を行っています。