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スン・ユアン+ペン・ユー 展示風景

 急速に国際的なアートシーンに進出している中国のアーティストたちも見どころのひとつだ。スン・ユアン(1972~)とペン・ユー(1974~)による、動物園のようなガラスの檻に閉じ込められた2種類の彫刻。ひとつは宙に向かって鞭(むち)をふるう大理石の玉座、もうひとつは血の海の床を拭(ぬぐ)い続ける産業用ロボットだ。おもむろに暴力的運動を始める威圧的な装置に、最初あっけにとられるほどの衝撃を受け、次に脱力した笑いがこみ上げる。中毒性のある無機質さはおとぼけの域に達していたが、その後勃発した香港の市民と国家権力の衝突を重ねて見れば、これは密やかな告発とも捉えられる。

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コラクリット・アルナーノンチャイ 展示風景

 もうひとり、どうしても触れておきたい若手アーティストが、タイ出身のコラクリット・アルナーノンチャイ(1986~)だ。近未来と現代が交錯する詩的な映像作品に魅せられた。謎めいた森に生きる精霊のような人や動物、彼の祖母を連想させるタイの伝統的な芸術家、そして静けさのなかで魂が現世を彷徨(さまよ)うかのような自然。どこか同じタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン(1970~)を彷彿させるその世界観は、疲弊した物質文明への警鐘とも思えた。

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アピチャッポン・ウィーラセタクン&久門剛史(1981~) 展示風景

 今回、ルゴフ芸術監督が本展で提唱したテーマは「May You Live in Interesting Times(数奇な時代を生きられますように)」。これは、中国の故事に由来する言葉をイギリスの政治家が誤用したといわれる言い回しから引用された。

 政治や報道の表舞台に虚言やフェイクニュースが横行し、社会不安と不寛容による分断が進む現代。20世紀の悪夢の歴史が再現されかねない混沌とした危機的状況で、アートに託されたのは、単純な批判ではない、創造的な議論の場をつくることではないか。それがルゴフの表明したテーマの骨子だ。

 ヴェネツィア・ビエンナーレに参加したアーティストたちは、私たちと同様に、現在の社会と生き方に満足してはいないはずだ。彼らの作品の重層的なレイヤーに仕込まれた「警句」や「告発」は、観る者に世界を考察する多様なアプローチを示唆する。それが、この豊かな展示空間で思うがままに表現を展開することのできるビエンナーレならではの自由度なのだ。“ショーケース”であるアートフェアの会場では直面できないその醍醐味は、市場価値でなくアートの本質的価値を観ることにある。

Text:Chie Sumiyoshi Editor:Kaori Shimura