これは私が薔薇の谷で摘んできた、去年の薔薇。まだ香ると思いますよ。

Y:確かに、華やかというよりは緑を感じる、癒やされる香りですね。

[画像のクリックで拡大表示]

I:そう、この系統の香りの薔薇はあまりないんです。初めて行った日、私はここの女性たちと一緒に薔薇を摘ませてもらったんですね。そしたら「ずっとこの香りを嗅いでいたい」という気持ちがどんどん強くなってしまって……。ちょっと薔薇を譲ってもらおうと、農家さんの門を叩いたんです。そしたら私の顔を見るなり、目の前でバタン! とドアを閉められてしまいました。

 後でわかったことですが、実はこの地域に日本人が来たことが今までなかったので、「見たこともない人種がいる!」とびっくりしたそうなんですね。私も、挨拶をする前にいきなり鼻先でドアを閉められて、少しショックでした。でもこのまま帰るのはもったいないと思って、もう一度行ってみたら、今度はドアは開けてくれて……疑わしげな表情をした女性が「何ですか?」と。そのときはガイド兼通訳みたいな人を連れていたので「薔薇を少し分けてほしい」とお願いしたんです。でも、「今は主人がいないから、家に入れることはできません。主人が帰ってきたらまた来てください」と言われて。そして、3度目にやっと家に入れてもらいました。このとき出されたのが、摘みたてのミントにお砂糖とお湯を入れた、モロッコ式のミントティー。暑い中で頂いたそのおいしさは、今でも忘れられません。

Y:それで無事、薔薇は分けてもらえたんですか?

[画像のクリックで拡大表示]

I:ええ、農家さんは手摘みした薔薇を、自分の家の中庭で選別して乾燥させ、1年間自分たちでも使うそうで、そこから少し。

「電話もFAXもダメ」だから、往復24時間以上かけてモロッコ通い

Y:そして、またすぐに薔薇の谷に再訪したんですね。

I:そう、私、暇だったし(笑)。しかもそのころは、村に電話が1台しかなかったんです。電話をして「○○さんお願いします」と言うと、「待っててください」って探しに行って、電話口まで連れてきてくれたりもするんですけど……とにかく埒(らち)が明かなくて、「もう行ったほうが早い!」みたいな。最初の何年かは2カ月に一度くらい、薔薇の谷に行っていました。

Y:実際に足を運ばないとダメなんですね。

I:そうなんです。日本では信じられないことですが、とにかくフェイス トゥ フェイスでないと。その後、村にFAXが導入されたというので、オーダーを送信してみたんですが、全然アクションを起こしてくれない。会ったときに「少し送ってと、この前FAXをしたんですけど」と言っても、「あ、そう」で終わり(笑)。現地に行って、しかもお金を先に渡さないと取引も関係も成り立たないんです。でもだからこそ、人との付き合いを大事にする。今ではメールも使いますが「やっぱり会って話さないと」っていうことは多いですね。

Y:でも薔薇の谷までの道のりって、日本からだと24時間以上かかりますよね。2カ月に一度行くのはちょっとハードでは。

I:そう、パリまで行って、飛行機を乗り換えてマラケッシュに行き、そこから車でガタガタ道を6時間なので、片道1日以上かかります。でも当時は、楽しくて楽しくて! 身体的にはもちろん疲れますが、自分のやりたいことが見つかったのが嬉しかったんです。しかも行くたびに、モロッコの女性たちからいろいろな美容法を教えてもらえて。たとえばシャンプーの中に入っている8種類のハーブも、彼女たちに1つずつ教えてもらったもの。皆、家ごとにハーブのレシピが違うのも面白いんです。