理論物理学の博士号をもち、有名進学予備校で数学の講師を務める一方、自ら主宰するソムリエスクールで教鞭を執るほか、飲食店経営やワインと日本酒の輸出入業も行うなど、ユニークかつパワフルに活動するワイン研究家、杉山明日香さん。今回から始まる新連載では、彼女が毎月視察に訪れるというシャンパーニュ地方の“今”にフォーカス。

大切なのはどのようにワインを造るかではなく、どう発想するか

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ジャック・セロスのシャンパーニュ。右のイニシャルがスタンダードキュヴェ。左のエクスキーズは、セロスの中で唯一のセック(中辛口)で優しい甘みがある。このほか、V.O.、シュブスタンス、ロゼに加えて、リューディ・シリーズが数種ある。

――みなさん、はじめまして! 杉山明日香と申します。今回から、「杉山明日香のシャンパーニュ紀行」として、毎月、フランス・シャンパーニュ地方の生産者を訪ねていきます。記念すべき第1回の訪問先は、シャンパーニュ好きな方ならきっとご存じの、ドメーヌ・ジャック・セロス。私が愛してやまない造り手の一人です。
 ドメーヌ・ジャック・セロスが初めてシャンパーニュをリリースしたのは1964年。現在は2代目当主であるアンセルム・セロスさんがドメーヌを引き継いでいます。今回はそのアンセルムさんにインタビュー。彼は22歳という若さでドメーヌを継承し、1978年に自身で造ったシャンパーニュを初リリース。そして独特かつさまざまな試行錯誤を経たのち、彼のシャンパーニュは世界に広く知られ、賞賛されることとなります。“偉大なるシャンパーニュ”の代名詞のひとつともいえる、ジャック・セロスの神髄に迫ります!

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ドメーヌ・ジャック・セロスの2代目当主であるアンセルム・セロスさん。1974年、22歳でドメーヌを引き継いだ当時の販売本数は年間7000本ほど。1本23フラン(=約460円)だったそう。

明日香:アンセルムさんはずいぶん若くしてドメーヌを継承されていますが、もともと醸造学などを学んでいたのですか?

アンセルム:実は、私がドメーヌを継ぐことに両親は反対でした。この仕事はとても繊細で大変なので、私には向いていないと思っていたようです。シャンパーニュ地方の中では小さすぎるドメーヌでしたし、将来性もないだろう、と両親は考えていました。
 私はもともと理系で、サイエンスが好きでしたので、ブドウ栽培やシャンパーニュ造りに理系的なアプローチをすることで、新しい発想ができるはず、と思っていました。高校卒業後、ブルゴーニュで4年間醸造学を学んだのち、ごく短期間、スペインのペネデス、リオハなどでも学びましたが、これが私のワイン造りにおいて、いちばん勉強になりました。

明日香:「いちばん勉強になったこと」とは何ですか?

アンセルム:当時、ブルゴーニュでのトレンドは、樽熟成からステンレスタンク熟成に移行し、空気接触を少なくすると同時に、衛生的でなければいけないというものでした。ところが、スペインでは大樽の内側が真っ黒で、洗っていないような、決して衛生的とはいえない樽で熟成させていました。フランスと真逆にあったそのワインを飲んだとき、「これがワインだ!」と思いました。ワインには空気との接触が大事だと気づかされたのです。リオハやアンダルシアなどのワインは、すべてしっかりと、長期にわたり樽に寝かせてありました。そして、とても美味しいのです。酸化熟成は悪いものではなく、ワインを美味しくさせるということを知ったのです。