理論物理学の博士号をもち、有名進学予備校で数学の講師を務める一方、自ら主宰するソムリエスクールで教鞭を執るほか、飲食店経営やワインと日本酒の輸出入業も行うなど、ユニークかつパワフルに活動するワイン研究家、杉山明日香さん。本連載では、彼女が毎月視察に訪れるというシャンパーニュ地方の新潮流にフォーカス。

生態系を持続させるための取り組みは、ワイン生産者としての義務

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ドメーヌの外観。建屋の外壁には、代々家族で営むデウ・ペール・エ・フィスの文字が。

 みなさん、こんにちは。「杉山明日香のシャンパーニュ紀行」第13回の訪問先は、シャンパーニュ地方のエペルネから西へ車で30分ほど、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区のフォソワ村に位置する「Déhu Père et Fils(デウ・ペール・エ・フィス)」です。このエリアにはムニエが多く栽培されており、現当主のブノワ・デウさんは、新進気鋭のムニエの造り手として世界中のムニエファンから注目を浴びています。今回は、そんなブノワさんにお話を伺いました。

明日香:ブノワさん、こんにちは! さっそくですが、まずはこちらの歴史について教えていただけますか。

ブノワ:歴史は結構古くて、1787年に始まり、私が8代目の当主となります。フォソワ村に全部で13haの畑がありますが、このうち3haが2011年に私自身が立ち上げた「シャンパーニュ・ブノワ・デウ(Champagne Benoît Déhu)」の畑です。こちらでは2011年からビオディナミの手法でブドウを育てていて、3haのうちムニエが9割となっています。残りの10haは、父も含め家族で営んでいる「デウ・ペール・エ・フィス(Déhu Père et Fils)」の畑です。

明日香:1787年といえば、フランス革命の2年前! かれこれ230年ほど昔のことですね。

ブノワ:はい。とても長い歴史がありますが、実は初代から6代目まではムニエから白・赤のスティルワインを造っていました。シャンパーニュ造りは1968年に私の祖父と父が始めました。

明日香:なるほど。シャンパーニュ造りはブノワさんで3代目ということですね。ブノワさんご自身は、いつからこのお仕事に携わっていらっしゃるのでしょうか。

ブノワ:私はこのフォソワ村の近くで生まれ育ったので、畑やワイン、シャンパーニュは常に身近ではあったものの、小さい頃は家業にはまったく興味がなくて、農業についても何も知りませんでした。でも、17歳のころ急に思い立って、この近くにあるワイン生産者を養成する学校に通わせてほしい、と親に頼みました。

明日香:では、そこから生産者の道を邁進されたのですね。

ブノワ:それが違っていて(笑)。学校で農業やワイン造りについて学んだあとは、ブルゴーニュのマコンで樽について学んで、それからさらに1年間、パリのビジネススクールで勉強しました。

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〈左〉建屋の裏手にある水路。周りには自然が豊かに残る。 〈右〉キュヴェ・ラ・リュー・ド・ノワイエに使うブドウ畑でブノワさんと。

明日香:ビジネススクールで? 何を学ばれていたのでしょうか。

ブノワ:文字どおり、ワインビジネス全般について学びました。それから、大手グランメゾンであるボランジェの営業としてパリの中心部を駆け回り、さらにその後、レストラン(アルページュやトゥール・ダルジャン)で4年間、ソムリエとして働きました。特にトゥール・ダルジャンはまるで神話に出てくるような場所で、すばらしいシェフたちと仕事をすることができました。そうするうちにどんどん時が過ぎてしまい、2004年にはもうフォソワに戻らなければ、と思うようになりました。既に34歳になっていたんです。

明日香:あっという間に、ずいぶん時間がたっていたんですね! とても興味深いご経歴です。ワイン生産者になるために多くを学んでから、ワインの営業やレストラン業界へとキャリアを変えたのはなぜですか?