明治や大正、昭和初期に建てられた建造物には、現代の建物とは異なる魅力がある。DJ、モデル、着物スタイリストとして多彩な顔を持つMademoiselle YULIA(マドモアゼル・ユリア)が、そんな近代建築をナビゲート。今回は、閑静な住宅街に建築当時そのままの姿をとどめる、日本キリスト教団 安藤記念教会を訪問。大谷石の堅牢な外観と、荘厳なステンドグラスが見事な礼拝堂を紹介する。

MADEMOISELLE YULIA
東京生まれ。DJやシンガー、着物スタイリストとして活躍。国内外のコレクションのフロントロウを飾るなど、ファッションアイコンとしての顔も持つ。大正時代や歌舞伎、着物などに造詣が深く、ヴィクトリア&アルバート博物館で開催した「KIMONO展」ではメインヴィジュアルのスタイリングを担当。今年3月には日本の伝統文化を専攻した大学を卒業。
http://yulia.tokyo/yulia/

 東京・元麻布周辺は、有栖川宮記念公園や外国の大使館などが点在し、東京の中でもとりわけインターナショナルな雰囲気が感じられるエリアだ。そんな閑静な住宅街にたつ安藤記念教会は、1917(大正6)年にこの地に創建され、今年で103年を迎える。通りに面した礼拝堂は、栃木県大谷町で採掘された大谷石で覆われた創建当時のままの外観と、小川三知による美しいステンドグラスで知られ、その威風堂々とした姿が特徴的でもある。「元麻布という街に突如現れる大正時代の建物という、その意外性が面白いなと思うのと、大谷石の重厚な存在感に圧倒されます」とユリアさん。

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元麻布の高台にたつ安藤記念教会は、メソジストの伝統を持つプロテスタントの教会。「福音の宣伝は幼少時から始めるべし」の考えから、奥には幼稚園も併設されている。ドレス 参考商品、パンプス ¥105,000/ともにステラ マッカートニー(ステラ マッカートニー カスタマーサービス TEL:03-4579-6139)

創立者は、上海、ハワイ総領事を歴任した安藤太郎。

 教会を創立したのは、幕末から明治の歴史の舞台で奔走し、香港副領事、上海、ハワイ総領事としても活躍した安藤太郎。東京・四谷に生まれ、17歳で江戸幕府の海軍操練所の生徒となり、早くから英語を学ぶなど才能を発揮した安藤氏は、1868(明治元)年から翌年まで続いた箱館戦争では榎本武揚のもとに従軍し、明治維新後は、その有能さと語学力を買われ外務省に勤務した。25歳のときには、かの岩倉使節団の通訳官として欧米各国を歴訪するなど、歴史的な大任をも果たしている。安藤氏が文子夫人とともに洗礼を受け、クリスチャンとなったのは、ハワイ総領事となった1886(明治19)年のこと。3年後に帰国した後は、現在教会のたつ地に自宅を構え、日本メソジスト銀座教会に入会。外務省、農商務省に勤務する傍ら、東京禁酒会を設立し会長に就任するなど、クリスチャンとして日本における禁酒会の発展にも貢献したことでも知られている。

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教会の別棟の資料コーナーに掲げられている安藤太郎・文子夫妻の肖像画。太郎直筆の書簡や写真、当時の貴重な資料などが展示されている。安藤記念教会がたつ土地はもともと安藤家の持ち物で、太郎が召天したのち、財産とともにすべて教会に寄付されたものだという。