9月公開の映画『寝ても覚めても』は、二人の男性の間で揺れ動くヒロイン・朝子を描く恋愛映画――とはいっても、その二人の男性が「同じ顔」を持っているのだから、一筋縄ではいかない。
東出昌大さんが一人二役で演じる男性は、突然姿を消した“運命の人”=麦(ばく)と、その後に現れた彼とそっくりな顔の別人=亮平。ヒロインがどちらの男性を選ぶのかは、もちろん気になるところ。でも原作者の柴崎友香さん、監督の濱口竜介さんが思うポイントは、そのほかにもあるようだ。
それは何かといえば、「恋によって人間は変わってしまうのか」。 恋に落ちるまで、自分はこんな人間じゃなかった――そんな経験を持つすべての女性たちは、物語の後半で“ある行動”に出るヒロイン・朝子を、どんなふうに感じるだろうか。

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ふとした瞬間に歪んで見える、ヒロイン・朝子の日常

濱口:この5月に『寝ても覚めても』で参加したカンヌ国際映画祭では、外国の記者に「恋愛映画でなくホラーか?」と言われたりもしたんですよ。

柴崎:私もこの小説に関しては、「恋愛小説と思って読んだら、ホラーだった!」と言われることがあります。そういう側面はあるのかもしれませんね。

濱口:柴崎さん自身は「怖い」と思って書いてらっしゃるんですか?

柴崎:まあひとつは、歪んだ世界の捉え方でしょうか。ホラーって、普段見ているものがなんだかすごく恐ろしいものに見えてくる、なんでもない世界が急に歪んで見える瞬間みたいなものが怖いですよね。

初の一人二役に挑んだ主演の東出昌大さん。まったく異なるタイプの男性を見事に演じ分け、新境地を拓いた。
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濱口:小説『寝ても覚めても』の一番の面白さは、ものすごく精緻なリアリティと歪みが同居しているところですよね。ファンタジーとは違う、実際の社会で起こった事件なども含まれたごく一般的な物語として描かれているのに、「なんで急にこんなことが?」という出来事が起こる。たとえばヒロインの朝子と、彼女の“運命の人”である麦の、ある非常に大事な場面で、「朝子が麦の菓子パンを持ち逃げする」というエピソードがあります。あれなんか、すごく変ですよね。

柴崎:あれ、自分でもすごく好きな場面なんですよ(笑)。

濱口:麦が持っていた段ボールを開けたら菓子パンだらけで……という。映画には残念ながら盛り込めなかったのですが、あの場面は結構強烈に印象に残っています。

柴崎:麦はちょっと変わった人で、実は小説にはっきり書いてはいないけれど裏のというか秘密の設定があって、菓子パンが主食なんです。あそこは明らかに変な場面なので、読んだ人からツッコミが入るかなと思ったんだけど、あんまり言われない。あれはなんなんだ!って言ってほしい。

濱口:そもそものリアリティが歪んだ時空間を描いているなかで、もう一個かぶせてきたな、スゴいなと(笑)。

柴崎:日常の一場面なんだけれど、麦といると妙なことが起こる。麦関連には変なエピソードが結構あると思います。ただ私たちの普段の日常のなかでも、そういう奇妙なことって結構起こっていると思うんですよ。でもいちいち反応しているとものごとが進まない、滞ってしまうから、「たぶん気のせい」とスルーして生きている。でもそれを見つめることで、見えてくるものがあるんじゃないかなと思っているんですよ。