第二次世界大戦を経て花開いた、ジュリアーナの希望

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〈左〉ジュリアーナ・カメリーノ(1920-2010)。その朗らかな人柄で多くの人を魅了した。〈中〉ジュリアーナがニーマン・マーカス国際ファッション賞を受賞した際に、プレゼンターを務めたグレース・ケリー。愛用のバゴンギを手に雑誌の表紙を飾った。〈右〉サルバドール・ダリとジュリアーナ。

 ロベルタ ディ カメリーノの創業者、ジュリアーナ・カメリーノは、1920年、イタリア・ヴェネツィアの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、幸福な少女時代を過ごした。しかし第二次世界大戦が勃発、ユダヤ人に対する迫害が高まる中で、スイスへの亡命を余儀なくされる。

 そんな亡命生活中の彼女の運命を、一つのバッグが大きく変える。ジュリアーナは見ず知らずの女性に頼まれ、持っていた革のバッグを60スイスフランで譲った。そして手に入れたお金で自分で革を仕入れ、同じようなトートバッグを作ったところ、口コミで話題になっていったのだ。こうして1943年にデザイナーとしての第一歩を踏み出したジュリアーナは、戦争が終結した1945年に故郷のヴェネチアに戻り、ロベルタ ディ カメリーノ社を設立。1948年にはあのバゴンギバッグを世に送り出す。

 バゴンギバッグはまたたく間に人気となり、グレース・ケリーが何色も揃えて愛用したことで「プリンセスのバッグ」と呼ばれ、一世を風靡。ジュリアーナは1956年にニーマン・マーカス国際ファッション賞を受賞し、親交のあったサルバドール・ダリは彼女を「ファッションデザイナーではなくアーティスト」と評した。

 バゴンギをはじめ、ロベルタのバッグにはメリディアーナ(日時計)のモチーフが印象的に使われている。太陽を表すそのデザインは、第二次世界大戦中も希望を忘れずに夢を実現した、ジュリアーナの生き方を象徴しているのかもしれない。


9月13~19日 小田急百貨店新宿店にオリジナルラインPOP-UPショップがオープン

2016年にオープンしたロベルタ ディ カメリーノ旗艦店(有楽町本店と公式オンラインショップ)では、20~30代の働く女性に向けた“直営店オリジナルライン”を発売中。過去と未来、伝統と革新、イタリアと日本――オリジナルラインのコレクションは、創業者ジュリアーナを愛した者たちの思いと、新たな風との交差するかたちを表現している。キーカラーは白と黒のモノトーンに、ロベルタレッドを加えた3色で、ラグジュアリーな魅力はそのままに、フレッシュに生まれ変わっている。そのオリジナルラインのPOP-UPショップの第一弾が、9月13~19日に小田急百貨店・新宿店本館3階=ハンドバッグ売り場で開催。ぜひチェックを。


ロベルタ ディ カメリーノ
ロベルタ ディ カメリーノ本店 TEL:03-3597-8787

Photo:Tsuyoshi Ogawa Edit&Text:Mizuho Yonekawa

続編