理論物理学の博士号をもち、有名進学予備校で数学の講師を務める一方、自ら主宰するソムリエスクールで教鞭を執るほか、飲食店経営やワインと日本酒の輸出入業も行うなど、ユニークかつパワフルに活動するワイン研究家、杉山明日香さん。本連載では、彼女が毎月視察に訪れるというシャンパーニュ地方の新潮流にフォーカス。

成熟度が高い健全なブドウ作りから、ハイレベルな調和が生まれる

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ピュピトル(澱下げ台)が立ち並ぶ地下のカーヴにて、ブノワさんと。

 みなさん、こんにちは。「杉山明日香のシャンパーニュ紀行」第14回は、シャンパーニュ地方の中心に位置する街であるエペルネからマルヌ河沿いに西へ約14kmほど、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区のウイィ村(Oeuilly)に位置する「シャンパーニュ・タルラン」を訪問しました。

 後編では、12代目となる現当主のブノワ・タルランさんに伺ったドメーヌの歴史と、彼の独創的な発想で造られたシャンパーニュのテイスティングの模様をお伝えします。

明日香:(カーヴにて)ドメーヌの歴史について教えてください。

ブノワ:はい。我がタルラン家の歴史はここ、ウイィ村から始まりました。タルラン家がブドウ栽培を始めたのは1687年、つまり17世紀後半で、1760年代になってワイン造りを始めました。そして先ほど壁の写真に写っていた、私の高祖父(曽祖父の父)であるルイ・タルランが1920年代にシャンパーニュ造りを始めました。

明日香:3世紀以上の歴史とは、すごいですね。ブノワさんは、何歳ぐらいからドメーヌの手伝いをしていたのですか?

ブノワ:祖父母も両親もこの仕事をしていて、私自身もここで生まれ育ったので、妹ともども、物心ついたときから家族で一緒にシャンパーニュ造りをしていましたね。

明日香:もう、本当に小さいときからなんですね。ブノワさんはドメーヌを継ぐ前に、時間をかけて世界中のワイン産地を巡っていらしたと聞いています。産地を巡り、この地へ戻ってこられたのはいつごろですか?

ブノワ:私がドメーヌに戻ってきたのは1999年、23歳のときです。ドメーヌを継ぐ前に世界中のワイン造りを見て、自分なりのシャンパーニュ造りを確立したいと思い、数年、産地を巡っていました。

明日香:ブノワさんのシャンパーニュ造りに対する思いには核があって、若いときからまったくぶれていませんね! このカーヴの深さは何mぐらいですか?

ブノワ:地下25~30mの深さで、ここがメインセラーとなっています。一年中、自然に摂氏10~12度に保たれています。

明日香:タルランの地下セラーは本当に長くて大きいですよね! ここでシャンパーニュが素晴らしい熟成をしているかと思うと、テイスティングしたくなっちゃいますね(笑)。

ブノワ:では、さっそくテイスティングをしましょうか(笑)。

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〈左〉ひんやりとしたカーヴはかなり大きく長いが、美しく清潔に保たれている。 〈右〉まだまだ熟成中の2016年ヴィンテージ。

ブノワ:(テイスティングルームにて)まずは、ドメーヌのスタンダード・キュヴェである「ゼロ・ブリュット・ナチュール(Zero Brut Nature)」から。名前のとおり糖分を添加していない(=ドザージュがゼロ)ので、ブドウはしっかりと成熟していなければなりませんし、シャンパーニュとしての熟成を維持するために、鋭い酸を残す必要があります。このベースワインは2010年のものです。

明日香:鋭い酸を残すということは、マロラクティック発酵(通称M.L.F.=リンゴ酸が乳酸に変化する発酵)をさせていないということですか?

ブノワ:そのとおりです。マロラクティック発酵なしで低いpHを保つことにより、ワインを長期間保存できるんです。

明日香:このキュヴェは、何年ぐらい熟成させているのですか?

ブノワ:少なくとも7年です。

明日香:長い! ノン・ミレジメのスタンダード。キュヴェを最低7年も寝かせるなんて、なかなか聞いたことがありません。

ブノワ:タルランのシャンパーニュは基本的にノン・ドザージュ(澱抜きのあとに糖分を添加しない)で造られていますので、ブドウにしっかりとした成熟度が求められます。そのようなブドウから造ったシャンパーニュを長期間熟成させることで、果実味のふくよかさと酸、そして複雑さなどが高いバランスで調和した味わいが得られるのです。
 熟成は、私のシャンパーニュの学習アプローチにおいて非常に重要なトピックなんです。古いワインを試飲することは、私にとって常に新しい発見です。それは、ワインが何らかの形で進化する方法を見せてくれるからです。

明日香:熟成は本当に奥深いですね。