映画 『利休にたずねよ』の題字などを手がけ、さまざまな活動が注目される書家の木下真理子さんが、日本のパワースポットを訪れる企画の第3回。壮大な伽藍(がらん)と爽やかな風に揺れる深緑の木々が、訪れる人の心を解放する東福寺を巡る。

境内を流れる川に沿って広がる渓谷の名は、「洗玉澗(せんぎょくかん)」。“澗”は谷川、“玉”は心を表すとされる。この渓谷にかかる通天橋を渡れば、まさに“心が洗われる”ような心地よさを感じられる。

 東福寺の仏殿(法堂)と開山堂などを結ぶ橋廊・通天橋(つうてんきょう)は、京都屈指の紅葉の名所として知られ、例年、ピーク時には1日に3万人を超える観光客が訪れるそうです。
 その一方で、透き通る緑が一面を覆っている季節は人出も少なく、静かな境内をゆっくりと散策できるので、通の人はそれを狙って訪れるといいます。
 通天橋の上で足を止め、青もみじの雲海を渡る風に身を委ねると、日頃縛られがちなルールや習慣などから、意識と感覚が解かれていくのがわかります。
 東福寺は格式高い京都五山(臨済宗の寺格)のひとつでありながら、不思議と堅苦しさを感じさせません。中国への派遣僧によりもたらされた国際的な先進文化と風通しのいい雰囲気に惹かれて、かつては時の権力者や文化人が多数集い、その中には能楽の世阿弥や水墨画の雪舟もいました。また、織田信長が京の町衆を集め、大茶会を開催したことでも知られています。

スケールが大きくて、オープンマインドな禅宗寺院

 京都駅に程近い、東山九条に伽藍を構える慧日山(えにちさん)・東福寺は、鎌倉時代の創建以来、長きにわたって“京都最大の禅苑”と言われてきました。明治時代の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で縮小される前の旧寺領は12万坪。現在、日本最大の禅寺である妙心寺のおよそ2倍の広さで、塔頭(たっちゅう:大寺院内にある小寺院や別房)の数も80余りにのぼっていたそうです。
 創建の摂政・関白、九條道家による発願文には、「洪基(こうき)を東大に亜(つ)ぎ、盛業(せいぎょう)を興福に取る」とあり、当時、最大規模の寺院であった東大寺(奈良)と、最も隆盛していた興福寺(同)から1文字ずつをとり、「東福寺」と命名されました。

東福寺も知恩院と同じく「三門」と書く。高さは約22メートル。室町時代に建造され、禅宗寺院では現存する最古・最大の門となり、国宝に指定されている。

 開山したのは円爾弁円(えんにべんえん)。日本に禅をもたらした栄西(えいさい・ようさい)の孫弟子にあたる人物です。栄西は茶祖としても知られていますが、この円爾も、中国の修行地から種を持ち帰って郷里の静岡に伝えたことで、静岡茶(本山茶)の始祖と言われています。
 円爾は1235年、中国(南宋)の朝廷に選定された五山第1位の径山・萬寿寺(きんざん まんじゅじ)へ入山。無準師範(ぶじゅんしはん)に師事し、6年間修行を積みました。
 南宋の臨済宗の寺院は“閉ざされた世界”ではなく、僧たちは文人でもあった科挙官僚などと交流がありました。東福寺も、こうした自由闊達で、柔らかな気風を受け継いでいます。