50歳は一つの区切り。でもその大台にのった年が人生で一番と思うほど忙しくて、年齢を噛みしめる余裕がありませんでした。1年かけてメゾン創立50周年を記念した父の展覧会の準備をし、さらに私のコレクションもあり。気づいたら51歳になる直前で、いつの間に50代を迎えてしまったの!? と。

 だから、51歳になったとき主人や子どもたちに宣言したのです。「これから私は、自分のために生きるから」と。やりたいことをやっていこう、生き方を変えよう、と心に決めました。今が自分の人生にとって最後のチャンスだ、と感じて。私の中では、30歳から59歳まではある意味“お友達”で年の差を感じないのですが、60歳は先輩枠。この一つの区切りである60歳をいかに迎えるかは、50代の過ごし方次第と思っているのです。

 さて、51歳で宣言してから、自分の周りのいろいろなことが音を立てて変わり、面白いことが次々と起きています。デビュー25周年の節目に、俳優の斎藤工さんに監督していただいたショートフィルム『アンベリール』もその一つ。それまでの私は、映像で自分を見ることを極力避けてきたし、できれば一生見たくなかったのですが(笑)、偶然に偶然が重なってドキュメンタリーを撮ることに。ものづくりにフォーカスした素敵な作品をつくっていただいたものの、もう拷問のようでした。でも、あのとき腹をくくったんです。たぶんこれは意味のある試練だ、神様に首根っこを摑まれて“自分の姿を見なさい”といわれているのだ、と。その状態をたとえるなら、私は鏡に自分を映したことがない人で、50歳を過ぎて初めて鏡を見てびっくり、みたいな感じ。そう思って振り返ると、30代、40代の私は眠っていたんだと思います。毎日忙しくしていたはずだし、形や記録は残っているのに、実感がない──。おそらく子育てと仕事に追われ、ひたすら走りまくっていただけで、自分を生きていなかったのでしょう。それが、51歳でパチッと覚醒。そこから振り返る余裕が生まれ、自分を鏡に映す必要性も感じたし、初めて見えたものもあります。

伝統あるメゾンを守る、という宿命の重さと葛藤の中で生きてきた芦田さん。「それでも続けてこられたのは、やっぱりこの仕事が好きだから」。エレガンスをベースに、強さとモダンさ、ときにロックなスピリットを感じるクリエイションが好評。背中に羽が生えたジャケットは、2018-2019秋冬コレクションより。芦田さんの今の気持ちを表しているのかも。 ジャケット¥280,000/TAE ASHIDA(ジュン アシダ)
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 今年の6月に、母校であるスイスの高校を、卒業以来初めて訪問。イベントでパネルディスカッションのゲストスピーカーを務めたのですが、その直後にNYで高校時代の友人たちにも会うという、学生時代の自分を繙く機会がありました。当時のルームメイト二人に「多恵は昔から常にフラットだった」といわれたんです。フラット? それは文化の違う外国で上手に生き抜くための“忖度”のようなものだったとも思うけれど……自分を生きていなかったのでしょうか。

 私はファッションデザイナー・芦田淳の娘に生まれ、物心ついたときには、両親たちが築いてきたブランドを崩すことは許されない、という立ち位置にいました。もしかすると、その頃から自分自身を抑えていたのかもしれません。そして結婚し出産すると、家のことや子育てという優先事項も増えて。常に他所を見て、自分と向き合っていなかったのです。

 宣言後に8人もの占い師と出会ったのも、不思議な縁のつながりです。彼らの説明は、まるでこれまでの答え合わせのようで、点と点が線で繋がり、ピースがカチッとはまり、視界がクリアに。よくも悪くも、50代って積み重ねてきた人生の結果が一度出るとき。そして何かに気づかなくてはいけないとき。私の場合は、自分自身に目を向けるようになって、物事が大きく動き出したのです。子どもが成長し、時間を自由に使えるようになり、クリエイティブな人たちと食事を楽しむことも増え、仕事に対する意欲も集中力もアップ。51歳で眠りから目覚め、自分の心や感情と向き合ったら、表現することに迷いや躊躇がなくなった気がします。コレクションには、デザイナーが何を感じ、何を考えているかが全て出ますから。

 実は“自由に生きる宣言”をしたとき、拍子抜けするくらい家族は関心を示しませんでした。決まりごとのようなものに自分を追い込んでいたのは、ほかの誰でもない、私自身だったのでしょうか。たっぷり時間と手間を自分にかけられるようになった今、仕事も美容も新鮮で、さらに本気になっています。だって、長い眠りからやっと目覚めたんですもの。

芦田多恵
ファッションデザイナー。1964年東京生まれ。東洋英和女学院小中学校、スイスのル・ローゼイ高校、アメリカのロードアイランド造形大学を卒業。芸術学士号取得。帰国し88年にジュン アシダ入社。91年にコレクションデビュー。以降、年2回東京コレクションに参加し続けている。2016年にデビュー25周年を迎えた。
www.jun-ashida.co.jp

Photo: Jiro Konami Text: Eri Kataoka Editor: Aya Aso