輝かしい経歴を持ち、いまだ現役の大女優が初めて書いた「嘘だらけ」の自伝──是枝裕和監督の最新作『真実』は、それをきっかけに帰郷した娘と母の鞘当てを描いた作品。虚構を演じることで真実を導き出す“女優”という生き物と、思い込みの過去によってこじらせた母娘関係を巡り、『真実』が何だったのかを浮き彫りにしていく。カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを獲得する以前から進行していたというこの企画は、監督自身初となる、全編がフランスで撮影された作品。主演に迎えたフランスのふたりの大女優、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュへの愛と敬意があふれる作品になっている。

撮影現場で感じたカトリーヌ・ドヌーヴさんの魅力、樹木希林さんとの共通点

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──今回の作品は“女優を描くこと”がひとつのテーマだったと思います。是枝さんから見たカトリーヌ・ドヌーヴさんはどんな女優さんでしたか?

 朝、撮影場所に入ってきた瞬間から、「お疲れさま」って帰っていく瞬間までの一挙手一投足が、そこにいるすべての人の注目を、否応なく集めてしまう存在でした。映画の中にもそういうシーンがあるのですが、好きに動き回りながら言いたいことを言い、鼻歌を歌いながらいなくなる……一日中そういう感じなんです。でも、周囲を不快にはしない。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。うれしいときは本当にうれしそうだけど、疲れたときは疲れたって言うし、いいお芝居ができたときは子供みたいに喜ぶんです。

──ちなみにどのシーンで喜んでいたんですか?

 撮影所から逃げて、車の中に逃げ込み、悪態をつく場面ですね。スケジュールが押し、日が落ちてきて「やばいぞ、今日は撮りきれない」っていう雰囲気の中、一発 OK。「今の素晴らしかったわ」って、僕が OK を出す前に自分でおっしゃいました(笑)。

──彼女が演じたファビエンヌ役は、ドヌーヴさんそのものに見えます。彼女自身から想起されたものですか?

 いくつかそういう部分はありますが、そんなに多くはないです。本人も「私は彼女とは違う」と言っていました。「私は娘との関係も良好だし、ヒョウ柄のコートにヒョウ柄の靴を合わせるようなダサいことはしない」とか(笑)。ただ、そういう部分も面白がっていましたね。ちょっとズレたセンスとか、言葉の端々に皮肉が入るところとか。「こういう言い方をすると嫌われるわよ」なんて言いながら。

──ビノシュさんはどうでしょう?

 彼女もすごい女優さんだと思いました。映画の冒頭で、ビノシュさんが演じるリュミールが、母の住む実家に帰ってくる場面が印象的でしたね。自分の幼い娘と話しながら、家を見上げた瞬間の3秒くらいの表情の変化で、「ここで暮らした18年間はあまり幸せじゃなかったんだな」というのが瞬間的に見えて。視線一つひとつの表現がすごく深くて、黙って見ている場面が一番強い。それでそういうカットを増やしたんです。シーン全体を、自分の感情で支配する力のある女優さんでしたね。そしてビノシュさんは役をつかむために、事前に時間をかけていろいろなことをするんです。それこそアクターズスタジオのメソッドのような心理的な方法も使っていました。「自分の子供時代にさかのぼって傷を引っ張り出し、それを役柄に移植する」と。タイプとしてはドヌーヴさんとは真逆です。

──ドヌーヴさんは感覚的なのでしょうか?

 彼女は理屈でなく、その日の天気とか自分の調子、相手の役者の力量など現場の感覚の中で、自分のお芝居を決めていく感じです。撮影中に「自分が出ていない場面の男性たちの芝居が見たい」と言われたので編集したDVDを渡したら「あなたのセンスやリズム、男たちの芝居のトーンがわかった」と言っていました。

──監督が起用する女優さんに、共通点はあるのでしょうか?

「声がいい」という点はあるけれど、女優さんの個性はさまざまなので……。ただ作品全体を俯瞰し、世界観を見極めてからお芝居するという意味では、ドヌーヴさんと(樹木)希林さんは共通していると感じましたね。ここは笑いが必要なのか、少しシニカルにいったほうがいいのかとか。ただ、作品の中での立ち位置はまったく違いますが。ドヌーヴさんは基本的にいつも作品の中心にいるので、全体のトーンを彼女が決めるところが大きいと思います。