パリとチュニスを拠点に、映像や写真をはじめ、さまざまな表現方法で作品を制作しているイズマイル・バリー。近年、世界的に注目をあびている彼の日本で初めての個展が、銀座のメゾンエルメス フォーラムで開催されている。気になる見どころを、アートジャーナリストの住吉智恵さんが解説。

歴史の痕跡をあらわにする詩的なイメージの出現

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イズマイル・バリー《Apparition》2019年 © Ismaïl Bahri, Courtesy of the artist

 チュニジアの首都チュニスで生まれ、現在はパリとチュニスを拠点に活動するアーティスト、イズマイル・バリーの日本では初めての個展が開催されている。

 この春に参加した「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2019」では、重要文化財である二条城の二の丸本殿の御清所(おきよどころ)の空間を古都の風景と共振させるインスタレーションを制作した。紀元前に原型が発明され、フェルメールなど17世紀の画家たちも素描のために使用した「カメラ・オブスキュラ」という世界最古の光学写真機に見立てたその空間には、木造建築ならではの引き戸や杉板の隙間から、面相筆で引いたかのような自然光が射し込んでいた。

 本展でも、かすかな明かりだけを頼りに観るイズマイルの作品群は、写真や映画の原理をもとにした精緻な知覚実験や、ミニマルな儀式的行為から生まれる物理現象をすくいあげ、訪れたものに「見ること」の儚さを問いかける。

 例えば、8ミリカメラのフィルムに見立てたひと巻きのテープには、地中海を望むチュニジアの浜辺の砂粒が残され、そこに浮かび上がる光のスリットは少年時代の記憶を出現させる。揉みしだかれて皺になっていく雑誌のページから、インクが手にうつり、印刷されたイメージは消えていく。手首の動脈に垂らした水のしずくは、知覚できるかできないかの微かな動きで震え、脈拍を刻んでいる。

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〈左〉イズマイル・バリー《Nest》2018年 〈右〉イズマイル・バリー《Gesture #1》(左)《Gesture #2》(右)2018年 © Isabelle Arthuis, Courtesy of Fondation Hermès

 本展のメインとなる展示では、父親から譲られたチュニジアの独立革命のスナップ写真に強い光源を当て、指が触れた部分の陰影を通して、チュニスの街の風景とアラビア文字の裏書きを出現させる映像を発表。生々しいドキュメンタリー的手法をとらず、魅惑的なイメージの出現と消失によって歴史の痕跡をあらわにする。

 また、銀座メゾンエルメスのガラスブロックを集積した建築を生かし、光を封じ込めたホワイトキューブの裏側の空間をあえて開放。薄闇のなかでは曖昧で抽象的に見えた水彩ドローイングのイメージが、白日のもとで姿を現す。

 光と空気のわずかな震えを敏感にとらえ、事物の本質を浮かび上がらせるイズマイルの身ぶりの一つひとつは、「見える」ことに慣れきって緩んだ知覚を呼び覚まし、私たちの思考と所作を丁寧に導いてくれる。

 古代ローマ時代、フェニキア人が北アフリカとヨーロッパ大陸をつないだはるか昔から、異文化が均衡を保ちながら対峙してきた地中海沿岸の国チュニジア。その海を行き来し、独自の作品世界を紡いできたイズマイルの仕草には、詩的な哲学と静かな確信に満ちている。

「みえないかかわり」イズマイル・バリー展
会期:~2020年1月13日(月・祝)
会場:銀座メゾンエルメス フォーラム(東京都中央区銀座5-4-1 8階)
開館時間:11:00~20:00(日曜~19:00、12月12日から25日までの間は~16:30)※入場は閉館の30分前まで
休館日:不定休
料金:入場無料

Text:Chie Sumiyoshi Editor:Kaori Shimura