理論物理学の博士号をもち、有名進学予備校で数学の講師を務める一方、自ら主宰するソムリエスクールで教鞭を執るほか、飲食店経営やワインと日本酒の輸出入業も行うなど、ユニークかつパワフルに活動するワイン研究家、杉山明日香さん。本連載では、彼女が毎月視察に訪れるというシャンパーニュ地方の“今”にフォーカス。

自然のエネルギーとブドウの生命力。ワインは“生き物”

ドメーヌ・フランソワーズ・ベデルの外観。看板にはビオディナミを連想させる、月や太陽、星などの天体が描かれている。
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 ――ブドウ畑でデゴルジュマンに挑戦したあとは、ドメーヌへ移動してインタビューの続きをすることに。

明日香:(ドメーヌの入り口に到着したところで、何かに気づき、驚いた様子で)え、これブドウの樹? なんで、真っすぐ下に根っこが伸びずに、まず横に伸びているんですか?

ヴァンサン:明日香さん、期待どおりのリアクションをしてくれてありがとう(笑)。このブドウの樹は僕の祖父の時代のもので、アンチテーゼとして置いています。最初に祖父がこの地にブドウ畑を買った当時は、誰もが大量生産を目指していたような時代で、みんな化学肥料を使っていたんですよ。化学肥料を撒くと、土の表面に栄養分がいっぱいあるので、根を地中深くに伸ばしてそこからの栄養を取ろうという努力をしなくなるんです。なので、このように横に根っこが伸びてしまうんです。そうすると、地中のミネラル分など土壌そのものが本来もっている成分を吸収できず、結果、よいブドウは育たなくなる。

明日香:なるほど。お母さまのフランソワーズさんは、ビオディナミ農法を代表する造り手さんのおひとりですよね?

ヴァンサン:はい、そうです。実は、母がビオディナミを始めたきっかけは私にあるんです。私は子どものころ、身体が弱く病気がちでしたが、医師の処方してくれる薬がなかなか効かず、家族はいろんな治療を試して苦労していたようです。そんななかで最後にたどり着いたのが、ホメオパシー(その症状を起こしうるものを使い、その症状を治すことができる、という原理に基づく療法)でした。幸いホメオパシーのおかげで、私の病気は治ったのですが、母はこの原理をブドウ栽培にも取り入れようとし、その結果、1998年からビオディナミに取り組み始めました。その後、エコセール認証(国際的な有機認証のひとつ)を得て、ビオディヴァン(ビオディナミを実践する生産者の組合)にも加盟しています。

明日香:そうなんですね! 確かに、ホメオパシーとビオディナミの考え方は深く通じているところがあると思います。

ヴァンサン:その効果は、私自身が文字どおり身をもって知っています(笑)。私もシャンパーニュ造りを始めるにあたり、ツィント・フンブレヒトやシャトー・ド・モンテリーといった、ビオディナミの造り手のところで学びました。
 もちろん、母からもビオディナミに対する深い思いや責任感、技術的なことなど多くを学んでいます。現在は私が当主ですが、母を含め家族で、自然の力を溶け込ませたシャンパーニュ造りをしています。

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右側のほうのずんぐりした部分が地上の幹。本来、下に伸びるはずの根が水平方向に伸びている。