理論物理学の博士号をもち、有名進学予備校で数学の講師を務める一方、自ら主宰するソムリエスクールで教鞭を執るほか、飲食店経営やワインと日本酒の輸出入業も行うなど、ユニークかつパワフルに活動するワイン研究家、杉山明日香さん。本連載では、彼女が毎月視察に訪れるというシャンパーニュ地方の新潮流にフォーカス。

理論だけが先行してしまっては、決していいワインはできない

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〈左〉アイ村にあるドメーヌ・ジョフロワの外観。 〈右〉ヴィニュロン(VIGNERON)とは、ブドウを栽培し、ワインをの醸造を手がける人のこと。

 みなさん、こんにちは。「杉山明日香のシャンパーニュ紀行」第16回は、シャンパーニュ地方のエペルネからは車ですぐ、ヴァレ・ド・ラ・マルヌ地区アイ村の「ドメーヌ・ジョフロワ」を訪問しました。後編では、現当主のジャン・バティスト・ジョフロワさんに彼のシャンパーニュ造りに対する熱い思いを語っていただきました。

明日香:(カーヴにて)ジャン・バティストさんはご兄弟の中でお父さまのお仕事をほぼひとりで継がれてから、実際どんなふうに取り組んでいらしたのでしょうか?

ジャン・バティスト:私がドメーヌに入った当初は、主に父がブドウ畑の仕事、私が醸造に関わる仕事をする、という業務分担で取り組んできましたが、実はここに欠かせない人物がいるんです。ピエールという男性で、我々は普段“ピエロ”というニックネームで呼んでいました。
 彼は、もともとアイ村に住むネゴシアン(=卸売業者)だったのですが、ワイン造りにおける私の師匠みたいな人なんです。彼はこの業界のいわゆる叩き上げで成功した人なのですが、いつもワインに対する情熱にあふれ、彼が自ら学び、得た知識や経験、ノウハウを惜しみなく私に注いでくれました。
 私たちはいつも、家でランチやディナーをともにして互いの考えをシェアしてきました。ワイン造りにおいて常に厳格であることの大切さ、あくまでも自然であることを大事にし、決して多くの手を加えすぎてはならないことなどを教えてくれました。それはまるで、きちんと整えられたキッチンでシェフが完璧なタイミングで料理を仕上げるような“プロのスキル”だと思っています。

 

明日香:今日のジョフロワのシャンパーニュの味わいには、ピエールさんの残してくれたアドバイスが生きているんですね。

ジャン・バティスト:そうですね。そして、もうひとりの師である父からは、本当の意味での畑仕事の大切さを学びました。

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〈左〉ジャン・バティストさんと地下のセラーにて。フレンチオークの小樽が並ぶ。 〈右〉醸造には小樽だけではなく大樽も使用している。

明日香:畑と醸造、師匠がお二人いらっしゃる感じですね。そしていま、ジャン・バティストさんは一番弟子のジルさんを指導されているのですね。

ジャン・バティスト:はい。今度は私がジルに伝えていく番だと思っています。7年前、ジルがメキシコからここへやってきたとき、彼はまったくフランス語を話せませんでしたが、いまではとても流暢に話します。彼はあらゆることにとても勉強熱心で、私自身、彼と意見を交わし、議論を共有することによる発見もあります。彼と一緒によりよいシャンパーニュ造りを追求し、味わうことを誇りに思っています。私のドメーヌは、醸造学者のリポートに頼るものではなく、あくまでも実際にここにあるラボで試し、挑戦し続けた結果によるものです。

明日香:いまでは、ジルさんがジャン・バティストさんのワイン造りの大切なパートナーなんですね。

ジャン・バティスト:そうですね。彼は2018年6月にワイン醸造学校を卒業したばかりなのですが、私のところで見習いの仕事をしながら通っていました。私はワイン造りにおいて理論だけが先行すると、決していいワインを造ることはできないと思っています。ジルは、理論と実践を兼ね備えている点に強みがあるんですよ。

明日香:ジルさんの今後が楽しみですね。ジャン・バティストさんのお子さんたちは、家業に携わらないのでしょうか?

ジャン・バティスト:私には娘が5人いて、現在、長女が27歳で末娘は15歳です。長女のマルゴは大学を卒業し、いまはパリでパティシエールをしています。次女のサシャはワイン造りに興味をもっているようなので、私たちの“冒険”に参加してくるのではないかと思っています。

明日香:サシャさんがワインに興味をもったきっかけは何かあるんですか?