いつ見ても古くならず、時代を超えて残っていく文学、文化とは

[画像のクリックで拡大表示]

──作品に登場する「銃」を、中村さん自身はなんであると考えているのですか?

 この小説を書いた当時にも、「銃は何の象徴ですか?」と何度も聞かれました。でもそれは、ほんとうにそれぞれの人に感じてもらえればいい。さっき言っていただいた「“ここではないどこか”に連れてってくれるもの」も、村上さんの言う「女性」も、まったく他の解釈も正解です。映画でも、武監督もそう見えるように撮っていらっしゃると思います。

──人は信じ、頼ることのできる何かがほしいのかなとも……。それは、中村さんのこれまでの作品に出てくる「宗教」にも通じるような気がしました。

 そうですね、僕自身は無宗教ですが、ある意味では、依存するものや導いてくれるものを人は求めることがある。僕が書いた当時思っていたのは、人間の中には銃のような「どうしようもないもの」があり、人間はそれに振り回されてしまうというもの。それが作品の裏テーマとしてありました。

 作家デビュー作の『銃』で、拳銃を美しさだけでなく「手に持ちやすいもの」と書いているのですが、緊縛師を描いた最新刊『その先の道に消える』(朝日新聞出版)でも、「あまりに、指に馴染み過ぎるものは、危ないのかもしれない」と縄について書いています。デビュー作から現在までの作品は、ある意味でつながっているんです。

[画像のクリックで拡大表示]

単行本未収録小説「火」も併録された文庫版。『銃』¥540/河出書房新社

──『銃』に描かれている倦怠感、退屈の危うさは、今の社会では書かれた当時以上に、誰もが抱えているもの?のように思えました。

 でも、僕が思うのは、そもそも人間って時代によってそんなに変わるものではないということなんです。だからこそ昔の文学や小説が、今も古くならず読み続けられている。僕の小説もそういう人間の本質的な部分を書こうとしているので、時代とはある意味関係ないところがあるんだと思います。海外出版のために翻訳された作品に対する反応も日本でのものと変わらないので、国もあまり関係ないと思います。

 この映画を見て思ったのは、本当に刺激的で後々の時代まで残る文化って、人間誰しもが心の中にもっている「若い部分」を刺激するものなのかなと。映画を見て最初に衝撃を受ける年齢って、ほとんどの人が10代や20代の頃だと思うんですよね。でも30代40代以上の人たちの内面にも、絶対にそういう若い部分は残っていて、それを思い出させてくれたり、そこを響かせるものが「刺激的な文化」として後の時代まで残っていく。文化とは、なるべくそうであったほうがいいと思うんです。今回の映画は、まさにそういう作品になっていると思います。