アートジャーナリストの住吉智恵さんが、開催中の展覧会や舞台芸術、注目のカルチャー情報から、未来への道標を探る連載「アートと○○」。今回はずばり「アートと未来」をテーマに、現在、森美術館で開催中の「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」と、十和田市現代美術館で開かれているAKI INOMATAの個展をナビゲート。

生命の価値とは何かと問い正す、根源的な問題提起に基づく展覧会

 近年めざましい発達を遂げ、“サイエンス界のスター”ともいえるバイオ・テクノロジー。医療や食、環境など、人類にとって喫緊の問題に解決をもたらすその可能性に、大きな期待が寄せられる分野だ。

 森美術館で開催中の展覧会「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命――人は明日どう生きるのか」。テクノロジーが人間の生活を急速に変えようとしている現代、人工知能(AI)、ロボット工学、拡張現実(AR)など、先端技術のもとに生まれたアートや建築、デザインを紹介する本展でも、このバイオ技術に焦点を定めている。

 なかでも注目したいのは、バイオ技術を使って主題や表現を拡張しようと試みるアーティストたちのための実験室「バイオ・アトリエ」だ。展示室内に設置された透明のラボでは、最先端のバイオ・アートの実験が行われている現場を覗き見ることができる。

 例えば、画家フィンセント・ファン・ゴッホが自身で切り落としたといわれる左耳を、彼の末裔に当たる人物の細胞から採取したDNAをもとにクローン技術で再現したプロジェクト。ゴッホはたしかに美術史上の有名人ではあるが、本人の意思なきところで勝手に身体器官を甦らせる行為を通して、生命体の創造をめぐる倫理観を問いかける。

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ディムート・シュトレーベ《シュガーベイブ》2014年-

 ほかにも奇怪なバイオ・アートの数々が紹介されている。

「変容」シリーズでは、出生時に身体機能を強化する外科手術を施し、あらかじめ過酷な環境に対する耐性やスポーツで輝く能力を授けられた乳児のモデルを見せる。頭皮をひだ状に加工したり、鼻にピンが埋め込まれたりしている赤ちゃんは、子どものよりよい成長を願う親心が生み出した「身体デザイン」という科学の徒花(あだばな)であり、神の領域を侵蝕する自然摂理への介入をめぐる議論を呼ぶだろう。

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アギ・ヘインズ《体温調整皮膚形成手術》(「変容」シリーズより)2013年

 また、バイオ技術を建築に融合させようと試みるプロジェクトもある。未来の食材として注目されるユーグレナ(ミドリムシ)を、珊瑚礁の成長から発想を得た構造の中に埋め込むことにより、建築自体が酸素を生成し続ける。いつか地球を捨てて宇宙空間へ逃げ出す日が来る前に、この建築技術の応用が間に合うことを祈りたい。

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エコ・ロジック・スタジオ《H.O.R.T.U.S. XL アスタキサンチン g》2019年 © NAARO